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 めぐみは目頭を押さえる。声は完全に涙声だ。彩里も顔にこそ出さない方だが、原作のその箇所に思いを馳せるだけで、ぎゅっと心臓が潰れる心地がした。 「ほんと、罪深いひと」 「まさに……。ここ描くの、つらい。そりゃ、簡単じゃない。挑戦する彩里ちゃん、えらい」 「完全に自分の解釈なんですけど」 「いい。それが読みたい。がんばって描きあげて欲しい」 「はい」 「彩里ちゃんが、どういうふうに描くか、本当に楽しみ」  めぐみの言葉に、彩里は微笑みつつ頷いた。聞かずとも、彼女がこういう反応をすることはとっくに予測がついており、実際に言葉を受けたからと言って、今以上に重圧が増すようなことはないのだった。  手加減なしの、勢い任せの会話。他にひとがいる状況なら、もう少しわかりやすい説明や配慮が必要になるだろうが、ふたりの間ではそれは不要なのだった。それは会話を積み重ね、すり合わせてきた結果、互いの頭の中身をよく知っているからできることでもあったし、そもそも感性が近いから叶ったことかもしれない。これがテニスや卓球のラリーなら、達人同士の試合のようなエキサイティングな応酬と見る向きもあったかもしれないが、残念ながらことはただの萌え語りで、もちろん誰も称賛などしてくれない(されたくもない)。  ただ、めぐみと出会えたのが奇跡的なことだ、とは、彩里がいつも思うことだった。  同じ物語、同じキャラクターを愛するひとたちだからと言って、無条件に話が合う、気が合う、と思うのはいささか乱暴な考え方で、実際は、本当に同じものを見ているのか? と本気で疑問に思うような感想を聞くことの方が、彩里の人生では多かった。ひとりひとり、目を通して取り込み、脳なり心なりを濾過する過程で、それはどうやら変質してしまうものなのだ。  同じものを愛する筈の仲間と理解し合えない方が、そうでないひとと過ごすよりも、裏切られた気持ちが強く、失望してしまう。自分の受け取り方が少数派のそれで、なかなか誰も賛同してくれないものだと知ると、ことに孤独感が深まるばかりだった。  彩里にとって、「わかり合える」と感じるひとは世界に少なく、それゆえに出会えた時の喜びというのは、筆舌に尽くしがたいものがあった。共感し合えずとも、血がつながっていれば家族は家族、体の構造が違う異性には最初からそんな期待など持たない。つくるのが一番難しいのは同性の友達だ。  それは、半身とも違う、と彩里は思う。欠けたところを補い合う、本質がまったく同じふたりなら、そもそも会話は続かない。わずかなズレが音楽のように響き合う、その二重奏が、今だけの奇跡みたいに楽しい、美しいと感じてしまったら、おしゃべりは、もう止まらない。  濃密な時間をくれるそのひとと、ずっと、ずっと、おしゃべりを続けていく、  そんなふうな日々、そのための結婚、  そうなんだと、  彩里は疑わなかったのだが。      ◇
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