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     ◇  自分はなんのために生まれてきたのなどという、思春期限定のような青くさい思い煩いをどこかで昇華してしまうことができずに、彩里は大人になってしまった。  難しく考えず、ふつうに生きたらいいじゃん、時々は楽しいことだってあるよ。  そう言ってくるクラスメイトたちは、明るくて賑やかで憎めないひとたちではあったけれど、絶望的に彩里から遠い場所で生きているように思えたし、彼女たちの方も彩里をかわいい哲学者だといじり倒しながら、どこか持て余していたように思う。  物心のつかない頃、彩里の母が病気で亡くなった。小学校低学年の頃、再婚した父が再婚相手との間に一女をもうけた。そんな、珍しくもない家庭環境が、自分の人格形成に致命的な疵を与えたとは、彩里は思わない。虐待どころか、きつい叱責すら受けた記憶もなく、必要なものはあらかた買い与えられ、習い事も希望通りさせてもらった。無条件の愛情だとか、甘やかしだとか、子の生活に対する興味関心などは、きっと子育てにおいての必須項目ではなく、あれば嬉しく、時々うっとうしくもある余剰品、「よそはよそ、うちはうち」の範疇の代物だから、足りなかったといっても両親を責めることはできなかった。養い、学校を出してくれれば御の字。両親は、彩里の親としての責務を充分に果たしたと思う。  両親がそうしてくれるなら、彩里の側も、こどもとして、妹の姉として、責務を果たすのが道理というもの。非才の未成年の身分でなにができるわけでもない以上、「いい子」でいるのは最低限の義務だった。大人が「悪い子」と称する行動はすべて、彩里の中で禁忌となった。  死刑囚は十三段の階段をのぼらされるというけれど、彩里の階段は何段か、事前に知らされてはいない。悪いことをするたびに一段あがる、ある日突然足もとが抜けて、首にかかった縄に全体重がかかって死ぬ。そのひやりとした恐怖はいつも喉近くに感じていた。  彩里は、本をたくさん読んだ。わがままに振る舞って、失敗から学ぶ余裕などない。ゲームオーバーは人生において一度きり、軽率な行動ひとつでなにもかも失ってしまうなど割に合わないし、なにより両親の努力や我慢を水の泡にしてしまうことになる。だから、自分の代わりに冒険に出かけ、見識を広げてくれ、努力目標にできる、代理人を求めた。  周囲の助けや魔法の力に助けられるばかりのキャラクターや、狭い世界の中で誰だれが好きだという悩みしか抱かないキャラクターには用がなかった。自分はかわいげがないから、きっとそんな生き方を目指したところで、誰かに特別顧みられる未来など訪れないだろう。それよりは、力を携え、やり直しのきかないシビアな世界で、慎重に、勇敢に、闘うひとが見たい。
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