回遊魚、もしくは眠り姫 ~コロナの日々でぼくたち/わたしたちは 2020・初夏~

1/5
前へ
/5ページ
次へ
   1  このところ、眠ってばかりいる。  眠って見ている夢と、起きた時の現実と、それから、目は覚めているのだけれど、ぼんやりと、過去の記憶、現在の妄想、それから未来の幻視、いやこれも妄想か、これらが浮かんだり消えたりして、何だか分からなくなる。  別に病気になったわけじゃない。  新型コロナウイルス感染拡大で高校が休校になり、しばらくして塾もインターネットに切り替わり、外出するなと言うことになり、家に籠った。  家族と一緒にリビングにずっといるのは何だし、自分の部屋でスマホをいじっていて、ついついダルくなってベッドに寝転がって、それでしばらくすると眠くなってくる。そんな時に、わたしを妨げるものは何もない。  それで、--寝る。  それでも、数えてみたら、だいたい一日10時間か11時間くらい。一日の半分以上は起きているのか。  ただ、休校になる前は、朝練、授業、放課後の部活、塾、宿題が学校のものと塾のものと出て、隙間の時間でピアノ弾いたりで、睡眠時間は4時間か5時間だった。日曜も試合があって、試合がなければ友達と買い物に出かけたりで、やっぱり、そんなには寝ていなかったような気がする。  その溜まりに溜まった睡眠不足を一気に解消!  という感じで、休校になった当初はひたすら寝ていて、――そのうち、それが日常になった。  わたしは、閉じこもり生活におそろしいほどに順応した。  ああ、もう睡眠時間4時間の生活には戻りたくない、戻れない。  このへんの本音を、どこまで友達に伝えるかは微妙だ。  休校期間中も、SNSで常に友達とは繋がっている。だけど、SNSでのマジョリティは、早く解除になって学校に行きたいね、みんなと会いたいね、部活やりたいね、のノリなので。  ここで、もとの生活に戻るの嫌だなんてことは、言えないのだ。  それでも、気の置けない何人かには、本音を匂わす。 「寝てばっかりいるよー」  と書き込むと、 「早起き無理!」  とか、 「わたしもー」  とか、返事が来る。  ただし、そこから一足飛びに、 「もう学校いらないって感じ」  とまでは、書かない。書けない。  だって、緊急事態宣言が解除されて、もうすぐ学校が再開するから。  実際、わたしはずっと、休まないオンナだったのだ。  小学校時代、水泳にピアノにバレエに塾。中学受験ではお正月も返上した。晴れて中高一貫の女子校に入ってからも、うちの学校で一番強い運動部であるところのバレー部に入った。バレー部だけじゃなくて、合唱同好会、それから、図書委員会。どれも結構真面目にやった。文化祭では、自分の出番と当番でスケジュールが埋まり切り、他を見ることが全然できないくらい。高校に上がってからは、ここに塾が追加された。毎日、分刻みのスケジュールって感じ。  病気にでもなれば少しはゆっくりできるんだろうが、わたしは体が丈夫だ。インフルエンザにもかからない。だから、ずっと、全力疾走している感じ。 それでも、ずっと過去の記憶を探っていくと……、本格的に寝込んだのは小学生、水疱瘡にかかった時まで遡るんだろうか。  マジか。  わたしが、今みたいに、ぼーっとして、寝てばかりいて、のんびりしているのは、小学生の時以来の珍事なのか。  それで、わたしは、ちょっと考え込んでしまうのだ。  何で、こんなに忙しくしているんだったっけ、と。 「わたしって、何で、こんなにいろいろ手を出しているんだっけ?」  とSNSで呟いてみる。  程なくして、リプが来る。 「ミク、だいじょぶか?」  とか、 「リハビリ必要」  とか、 「だって、それはミクだからじゃね?」  という友人たちのコメント。  むむむ?  それで、わたしはまた混乱する。  ミクだから、とは?  いったい、わたしとは何者だと? 「ミクは、とにかくガンガンやる人でしょ?」  そう、確かにそれはそうなんだけど。  物事一つ一つについて考えて意味を付けようとする人と、そうではなく、ただ突っ込んでいく人とがいる。わたしは後者だ。  そこにピアノがあるからピアノを弾いたし、中学受験というものがあると知ったからベストを尽くしたし(それで、わたしの学力で届く最高偏差値の学校に進んだ)、バレー部が強いって聞いたからそこに入ることにした。  だけど世の中はだんだんフクザツかつヤッカイになってくる。  大学受験は、そこに大学受験があるから受ける、というワケにもいかないようなのだ。なぜなら、大学で何を専門に学びたいかで、受ける大学も学部も違ってくるし、何を学びたいかは、その先の職業選択にもつながり、つまりは人生というものにもつながっていく。そんな先のことなんて、分かるはずがないし、それに、今やっている勉強にそうした意味付けをする、みたいなことは、わたしのやり方ではない。  結果、何か、もやもやしたものが残る。  残ったままでも、わたしはとにかく、4時間睡眠の日々を送っていて、――それが突然に休止した。  一部の回遊魚は泳ぎを止めると死んでしまうという。  もやもやがどんどん膨らんでいく中で、わたしは死んだ魚、あるいは思い切り美化すれば、森の奥深くの眠り姫になった。もう森から出て、4時間睡眠の娑婆には戻れなくなった。  わたしは、ベッドに突っ伏す。  ちょっと、未来でも妄想してこよう――。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加