【ホラー短編】事故教室

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 事故物件ならぬ、事故教室という言葉が私の通っていた高校にはありました。  事故物件というと、住人が不審な死に方をした部屋で怪奇現象が起きるという話を思い浮かべるでしょうが、事故教室の場合は少し事情が異なります。  事故教室はひと月ごとに場所を変えるのです。  例えば、四月は視聴覚室、五月は家庭科室、六月は二年C組というふうに、なんの法則性もなく、奇怪な現象が起きる教室が移動していくのです。  月初めは事故教室がどこになったのか誰も知らないので、職員も生徒も注意深く過ごします。  しかし、どんなに気をつけても、二、三日後には必ず事故が起こります。  窓の外の人影に気を取られていたら彫刻刀で手首を切ったとか、体育館の照明が落ちてきて頭を縫ったとか、そういう事故です。  そうなると緊急の職員会議が行われ、即座にその教室の使用禁止が決まります。  事故教室が封鎖されると事故はぴたりとやみ、月末までは穏やかな日が続きます。  奇怪な現象とはいえ死人が出るわけではないですし、事故にあった生徒も次の日には何事もなかったかのように学校に来るのが普通でした。  事故教室を封鎖すればそれ以上何も起きないという安堵と、自分だけは被害者にならないだろうという心理が働いていたため、学校の存続には影響がありませんでした。  しかし、私と友だちのB子は、事故教室の存在に懐疑的でした。  全校生徒が千五百人を越える校内で、ひと月に一回程度生徒が怪我をするというのはありふれた現象だというのが私たちの意見でした。  それよりも、全ては偶然で片付けられるのにも関わらず、事故教室なるものを信じている教職員や多くの生徒の方が不思議な存在でした。  それどころか、事故教室なんてあるわけないと公言するだけで教師に告げ口をされ、説教と反省文の提出を強要される始末です。  さすがにこの対応は異常だという意見で一致した私とB子は、二人で事故教室の調査を行い、怪奇現象など起こっていないということを証明することにしました。  その月の事故教室は理科室で、使っていないはずのガスバーナーが突然火を吹き、女子生徒の髪が焼けたというのが事故のあらましでした。  これは事故でも怪奇現象でもなく、人間の起こした事件に違いないと私たちは考えていました。  きっと、教師が講義をしている最中に生徒の誰かがガスバーナーをいじり、ライターで火をつけたのでしょう。  事故教室という概念がなければすぐに分かることです。  しかし、私たちにはそれを証明する手立てがありませんでした。  今さら理科室に忍び込んでも証拠などあるはずがなく、そもそも厳重に警備された理科室に近づくことは容易ではなかったのです。  朝から放課後まで、常時二名の職員がそれぞれ前と後ろの出入り口に立っているという徹底ぶりです。  この警備自体が怪しいとB子は指摘しました。 「事故の原因よりもさ、封鎖された部屋で何が行われてるかの方が気になるよね」  彼女の主張はもっともだと思いました。  何らかの後ろめたいことが行える部屋を、教職員が常に確保しているという見方もできるのです。  こうなったら何としても理科室の中を覗いてみる他ありません。  昼間は近づけない以上、もちろん決行は深夜です。  理科室の窓を割り、人が駆けつける前に聖域を暴こうというのがB子の立てた乱暴な作戦でした。  一歩間違えると停学では済まない危ない作戦でしたが、その時はなぜかそれが正しい方法なのだと思い込んでいました。  金曜日の午前二時にB子と待ち合わせた私は、家から持ち出したハンマーで理科室の窓を割り、外側から鍵を開けると、私が先に室内へ入りました。  足もとのガラス片に注意しながら慎重にカーテンをくぐり、スマホのライトをつけると、異様な光景が目に飛び込んで来ました。  理科室の中央のテーブルに、患者衣に身を包んだ少女が寝かされていたのです。  恐る恐る近づき、胸元にライトを向けましたが、息をしているようには見えません。  流し台には汚れた手術器具がぞんざいに突っ込まれており、かすかな血なまぐささを感じました。  少女のくちびるはきつく結ばれ、両目は天井を見つめています。  吐き気がこみ上げ、目を背けようとした瞬間、私は目の前の少女がB子にそっくりだということに気がついてしまいました。  何も言葉を発することができませんでした。  どうやって立っていればよいのかすら分からなくなった私の背後で、B子の足音がしました。 「やっと見つかった。手伝ってくれてありがと」  恐怖で振り向くことができませんでした。  しかし、眼前にも傷だらけの少女という戦慄の光景が広がっています。  逃げようとしても足がすくんで動けません。  ゆっくりと背後の足音が近づいてきました。  これは現実ではない。  私は考えることを放棄し、まぶたをそっと閉じました。  一…… 二…… 三……  息を止めて数を数えていると、急に背後の気配が消えました。  目を開ければ、きっと現実に戻っている。  何の変哲もない、夜の空虚な理科室に。  そう信じてまぶたを開けると、うっすらとライトに照らし出されたB子の顔が目の前にありました。  特急列車の中で倒れた時よりも呼吸が早くなり、手足が震えていました。  それなのに私は気を失うこともできず、たった今テーブルから起き上がったのであろうB子を見つめているしかないのです。 「これはね、この間の彫刻刀の傷」  B子が袖をまくると、左腕の内側に三十センチほどの乱暴に縫い合わされた傷口がありました。 「こっちはね、体育館の照明が落ちてきた時にできた傷。ほら、さわって」  B子は私の左腕をつかみ、無理やり後頭部をさぐらせました。  つめたい手のひらと焼け焦げた肉の臭い、そして彼女のぶよぶよした頭の感触に、私はのどの奥で小さな悲鳴をあげました。  私の腕をつかんだまま、B子が口を開きます。 「今までとびっこさんがどんな事故が起こしてもね、私が身代わりになってたから死人が出なかったの。身体が砕けても、心臓がつぶれても、職員がその場に私の身体を運び入れて、傷や痛みを移し替えて、適当に縫い合わせて、めでたしめでたし。でも、それも今日でおしまい。これからお家に帰るから」  B子は縫い跡だらけの手を私の頬に伸ばしました。  重力に負けてぐにゃりと垂れ下がった指と、水風船のような左手の感触に総毛立ちました。 「お礼に、あなたのことは一度だけ助けてあげる」  だからまたねと、B子は耳もとでささやきました。  その言葉を最後に私の意識は途切れ、明け方の自分のベッドで目覚めたのでした。  次の日から、B子という生徒も、事故教室も、最初から存在しなかったかのように、学校中の人間の記憶から消え去ってしまいました。  ただ、四十年前の新聞記事だけが、B子と同じ名前の少女が校内で行方不明になったということを伝えていました。  また、四十年以上前にとびっこさんという怪異の噂が存在したという古いブログの記事が見つかりましたが、長い間更新が行われておらず、管理人にも連絡がつきませんでした。  B子が本当にたくさんの人の痛みを引き受けていたのかは分かりませんが、あの理科室での出来事のあと、閉校までの四年間で二十人以上の生徒が大怪我をし、その内の三人が亡くなったのは事実です。  私はというと、長女のお産の時に大量出血で命が危なくなりましたが、無事に娘をこの手で抱くことができました。  その長女がどことなくB子に似ているのは、ただの気のせいだと思っています。
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