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第1話 梢の回想
さすらい人と言われる様な、何処へとも当ても無く歩く旅人がまだ居た時分、その面影を慕うかの様に、梢は兄に連れられて当て所ない旅に出た事があった。国内を縦断するように、バスや各駅列車を乗り継ぎ、時には徒歩で旅をした。けして贅沢な旅では無かったが、兄と二人で過ごす時間が、行く先々で美しい思い出となって脳裏に焼き付いていった。今考えれば、それは、これから暫く会えなくなる兄からのプレゼントの様なものだったのだろう。実際、その翌年から五年もの間、兄の顔を見る事が出来なくなったのだから。孤児であった二人を引き取り、育ててくれた牧師夫妻の養父母は、その時運営していた教会を、後に引き取った最年長の姉夫妻に任せて、東北の山奥に隠居した。兄が去った後、暫くその山中の小屋で養父母達と暮らしていた梢を迎えに来たのは、その兄だった。その時は、兄に逢えた嬉しさで同伴していた女性と、落ち着き先に居た女性についてあまり深くは考えていなかったが、後に彼女達が兄の強力な後見人であった事を知った。長い旅を歩んで来た旅人にとって、ふと安らげる場所が見つかったかの様に、兄はその家に自分の居場所を見つけていた。そして、梢も同じような安心感と満足感に満たされた日々を得る事が出来る様になった。その家は公孫樹の家だった。
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