第3話   伝説のジャズバー

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第3話   伝説のジャズバー

駅からさほど遠くないその店は、昼間は喫茶店、夜はジャズバーとして営業していたが、その歴史は古く、幾度かの補修や改築を重ねて現在に至った赤レンガ作りの建物は、歴史と共に訪れた人々の思いが丸ごと残されている様な空間であった。 「戦争中らしかったけど、この辺に住んでいたと言われている、結構有名な物理学者とその仲間達がたむろしていたらしいの。」と京子の唐突な話から、この店の経緯のような話が始まった。 「まあー、これは、彼の受け売りだけどね。」と言いながら、ウヰスキーのロックをくゆらす様に飲む京子の姿を、映画のワンシーンを見ているかの様に感じていた梢だった。 オーナー兼マスターの趣味でもあるらしいが、年代物の真空管アンプから流れてくるジャズナンバーは、ジャズを知らない梢にも心地よい時間と空間を提供してくれていた。 「もう数年も前の事かな、彼がある画集を持って、私の職場に飛び込んで来たのよ。この絵の所に行きたいって急に言い出してさ、それからその画集の版元や関係者に連絡して、そう、随分とあっちこっちと調査させられたけどね、やっと、所在地を突き止めると、強引に私を旅行に連れ出して、梢ちゃんと出会ったあの駅に着いたのよ。また、それからが大変だったのだけれどね。」 梢は、ノンアルコールのカクテルを飲みながら、京子の話を興味深そうに聞いていた。 「全く土地勘もない二人が、本当に手あたり次第に、絵と同じような風景を探しながら、まあ、秋だったから外で歩き回るには、都合が良かったけどね。なんとか、この店を探し当てたと言うわけ。」 「その彼氏さんは、なんでこの店にこだわったんですか?」と梢が聞くと 「どうも、たむろしていた物理学者の仲間の一人が、自分の祖父らしかったのよ。彼は前からその祖父の事を調べていて・・・」そんな説明が終盤に成りかけた時に 「お客さん・・・お客さん!」と呼ぶ声で我に帰った梢の目の前に、メイド服を着た少女がいた。 「そろそろ、閉店なんですが。」 「えー・・・京子さんは?」 「ずーと一人で話してましたけど・・・その相手って駅で逢って此処に連れて来た・・・・」 「ええ、京子さん・・・あれ?」 マスターが、またかと言う様な顔をしながら、 「泉、また化かされた口だな。説明してやって!」と言ってきたのを切っ掛けにメイド服姿の少女が喋りだした。 「まーあ、キツネか狸かの仕業と言う程度の話として聞いてね。マジで考えると怖いから。」と前置きしてから、 「悪い霊じゃ無い、いや、精霊にしておきましょうか、その精霊が、時よりお客をこの店に連れてくるの。あの駅に一人でいる様な人をね。多分昔この店にゆかりがあった人だったのだろうけど、家としてお客さんを連れて来てくれるのである意味助かってるけどね。で、何か言ってた?」 「物理学者が如何とかかな?」 「ああ、そっちの方か。」とマスターが口を挟み、 「そっちの話だと、僕の担当かな。妹は、女学校が専門だからね。」と言いつつ、ハーブティーを出してくれた。 「これを飲めば、少しは頭がスッキリすると思うよ。」 梢は、出されたティーを飲みながら、マスターの顔を見ると 「戦争中の話らしいけど、この近くの鉱山で原爆の研究をやっていたらしいんだが、その施設の研究者が、よくこの店に出入りしていたらしく、今でも、その時の写真や彼らが置いていったとかの雑誌が残っているんだけどね」と言いながら、後ろの壁に掛けてある古い写真を示した。 「結局、その計画はうまく行かずに、戦争は終わってしまって、皆夫々に東京に帰ってしまった。物理学者の話はそんな所なのだけど、終戦まじかに、鉱山での計画が敵にバレたのかその一帯が爆撃されて、そのとばっちりで近くにあった、女学校も爆撃され逃げ遅れた女学生34人が犠牲になったんだ。」とマスターが言った後に、少女が 「その時に、たまたま用事で学校を出ていて生き延びた女学生が、うちらのばあちゃんなんだ。だから、そんな縁もあってか・・・まあ、そんなに怖がらずに、昔話でも聞いていると思えば、悪さはしないのさ。」と付け加えてから 「所で、今夜の宿はあるの?」と聞いてきた。 「えー、もうそんな時間ですか?」 「ああ、今からじゃ・・・良ければ、うちは宿坊をやってるのよ。」 「宿坊?」 「ええ、この先に朱鷺神社て言う神社があって、昔から参拝客が来てたからその人達を泊める宿屋なのよ。よかったら家にこない?」 「ええ、ぜひ、他に当ても無いので、ぜひお願いします。」 「別に、変なものは出ないから安心して。」 店を閉めたマスター達と車に乗り込んだ梢だったが、不思議と何の違和感も無く成り行きを受け入れていた。
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