765人が本棚に入れています
本棚に追加
私の名前をはっきりと紡いで、彼は私を抱き締めながら膝を折る。ふらふらとその場に座り込んだ私達を見守っているのは、沈む夕陽が染めた赤い空と、長く伸びる飛行機雲だけ。
「……覚え、てるの……?」
震える声で問えば、私の肩口で嗚咽を噛む綾人くんが力無く頷いた。
「……覚え、てる……っ覚えてるよ、全部……っ」
「私の、事も……?」
「当たり前だろ……っ、忘れられるわけないだろ!! 俺がどんな思いで、十年も引きずったと思ってんだよ!! あんなヤツらに、結衣を……俺の中から、奪われてたまるかよ……」
肩口が彼の涙で濡れ、私の視界も次々と溢れる涙でぼやぼやと滲んで狭まっていく。「ほん、とに……覚えてるの……?」と涙声で問い掛けながら抱き返せば、綾人くんは嗚咽を繰り返しながら何度も頷いた。
「……っ、覚えてる……! ごめん、結衣……傷付けて、不安にさせて……っ待たせてしまって、本当に、すみません……っ」
「……っ」
「俺、ずっと……っ、ずっとずっと、結衣に、言いたい事があった……。今から、言うから……聞いてよ……」
非常階段に差していた夕陽の赤は、徐々に薄まって夜の闇を連れてくる。綾人くんはポケットに手を突っ込み、「結衣……」と呼び掛けながら何かを取り出して、私の手にそれを握らせた。
真っ直ぐと見つめ合う私達。
立ち並ぶビルの向こうへ、夕陽が沈む。
「──好きです」
夜のとばりが降り始めた、一番星がぽつんと輝く空の下で──私はついに、その言葉を受け取った。
「君が、好きです……。ずっと、ずっと前から……君だけが、好きでした……っ」
「……っ、う……っ」
「情けなくてすみません……恋愛が分からないって嘘ついて、練習って言い訳して、ずっと、言えなくて……すみません……」
「う……っ、あ……」
目尻から涙が溢れ、握っていた手のひらを少しずつ開く。彼がその手に握らせたものは──十年前に私が受け取れなかった、制服の第二ボタンだった。
「結衣が、好きです……」
「……っ、ひ、ぐす……っ」
「君が……っ、俺の、初恋の人です……っ」
最初のコメントを投稿しよう!