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「……帰りたい……」
呟き、溜息を吐きこぼす。ほんのり茶色みがかった中途半端な長さのミディアムヘア、眉下で切りそろえられた重たげな前髪。実年齢より少し幼く見られがちな日本人特有の凹凸のない顔には程々にメイクが施されている。
そんな鏡の中の自分をじとりと睨み、私は薄い唇にリップを塗り直すと肩を落としてトイレを出た。
恋愛は、苦手。こういう合コンの場も苦手。
しかし男性が苦手なのかと言うと、そういうわけではない。
彼氏が居た事ないというわけではないし、それなりに経験もある。二十五歳という年齢にしては少ない方なのかもしれないけれど、デートだって何度かした事はある。
でも、私の恋はいつだって受け身。
それが〝恋〟だったのか、ちゃんと相手を〝愛〟せていたのか、どうしても分からない。こうなった原因はハッキリと分かりきっているのに。
ふわり、記憶の片隅で檸檬の香りが揺らぐ。
「──六藤ちゃん」
ふと、物思いに耽っていたところを不意に呼び止められ、私は肩を震わせた。
振り向けば、先程までしつこく絡んできていた男が不敵な笑みを描いてそこに立っている。彼は強い香水の香りを纏う体を近付け、私の腕を掴んだ。
どうやらトイレの前で待ち構えていたらしい。私はたじろぎ、手のひらに浮かんだ汗を握り込む。
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