賢いキツネの話があるの

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「イソップ童話に 賢いキツネが出てくるお話があるの。」 孫は寝たきりの老人に話しかける。 「ある日、年をとったライオンの王は、狩りが出来なくなった。だからこんな御触れを出した。『もし洞窟の中まで見舞いに来てくれた者には、褒美を授けよう。』って。」 「・・・褒美に釣られた動物たちは・・・みんな食べられてしまった・・・」 シュコン  シュコン  規則正しい無機質な音と共に酸素を吸い込んだ老人は、跡切れ跡切れに答える。 「そう。でもしばらくして、見舞いに来たキツネは洞窟に入ろうとしなかった。なぜか分かる?」 「あぁ・・・洞窟に入った動物の足跡がたくさん残っているが、洞窟から出た足跡は一つもない。つまり・・・無事に帰れた者はいないことを、見抜いたんじゃなかったかな・・・」 「そうじゃないの おじいちゃん。」 孫はポニーテールを羽衣のように揺らした。 「キツネは 王様を尊敬していたから入らなかったの。」 「・・・どういう・・・ことだ・・・?」 「動物たちは、皆 足跡に気がついていた。気がついていたけど、わざと食べられにいったの。」 「・・・一体・・・何のために?」 パイプ椅子から立ち上がった孫は、午後の光で温められた窓辺で外を眺めた。 「名誉のために。」 「名誉・・・?」 「『こうして、正義感の強い動物は、体の弱った王様を助けるために自らその生命を捧げたのでした。』そうやって後世に名を残したかった。」 再び祖父に向き直った孫の目は、様々なことを知った大人の瞳に成長していた。 「皆 自分の名誉のために、ライオンを利用しようとした。だけどキツネはそんなことしたくないし、するべきでないと分かっていた。その地位が確立されていない頃から キツネは彼のことをよく知っていたし  君臨者として  友人として彼を愛していたから。」 孫は、掃除が行き届いた白い床に目を移した。 「今月に入って  色々な人がお見舞いにくるでしょ?」 「・・・なぜ知っている・・・」 「なんとなく分かる。こんなに床が綺麗じゃなかったから、頻繁に人が出入りして、その度に洗浄されてるのかなって。まるで・・・出入りした痕跡を消すみたいに。」 「・・・お前は・・・昔から・・・頭がよく切れる・・・」 残された力を集め、笑みを作る祖父の手を、孫は強くも弱くもない力でそっと握る。 「おじいちゃん。  本当は  こんな話すべきじゃないって分かってる。」 「・・・・・。」 祖父は声を出さず、でも優しい視線で孫を見つめる。 「・・・おじいちゃん・・・あの人達に お金は渡しちゃだめ。いけないことが起こりそうな気がするの・・・信じられないかもしれないけど・・・」 俯く孫の頭を、皺だらけの感覚が触れる。 「・・・そのつもりだよ・・・彩夏(あやか)・・・。」 その手は  昔のようにとてもごつごつとしていて、優しいものだった。 「私にとって・・・お前は・・・狐以上に・・・賢い・・・」 「おじいちゃん・・・」 色々な感情が混ざり、涙を流さまいと目をつぶる孫を、その手は愛おしく撫で続けた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!