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「後悔していない、と言うと、嘘になります。」
多くの報道者とカメラに囲まれながら、女社長は静かに語る。
「当時の私にとって それは実の家族を売るような行為でした。でも、前社長である祖父の志を、途絶えさせるわけにはいきませんでした。」
凛とした黒い瞳は、一つ一つのレンズを捉えていた。
「私は 関係する皆様のことも 祖父のことも 守りたかった。ただそれだけです。」
一礼した彼女は、カメラのフラッシュ音や、時間を無視して飛び交う質問を冷たく流しながら、エレベーターに乗り込んだ。
「彩夏さんってスゴくない?」
「色んな意味でね。隙がないっていうか・・・」
「散々ネグレクトした母親と、乱暴した兄貴のこと警察に突き出したんだろ?それも高校生でだよ?」
「証拠集めてたってことだよねー、でもお爺さんもよかったね。そういう人とか、財産狙いの親戚に権利譲らなくて。」
「ほんと。今の仕事があるのって 社長さまさまだよ。」
コーヒー片手にイヤホンつけてる人間には、聞こえていないとでも思っているのかしら・・・全く 社会人として自分の発言には責任を持たないと。
「社長。会食のお時間です。」
「すぐ行くわ。」
あの日のことは 今でも鮮明に思い出す。
知らない誰かが来る直前まで撫でてくれた祖父の手は、家で一度も触れることのなかった愛情そのものを表現しているようだった。
「止まってちょうだい。」
「あ、 はい。」
閑静な墓地で車を降り、均等な石に紛れ込んだ祖父の墓に花束を添える。
おじいちゃんは 本当に私を信用していたのだろうか。それとも 私の奥底に眠る何かを感じ取っていたのだろうか。
分からない。彼が亡くなってしまった今 知る術はない。
ねぇ おじいちゃん
汚れた足跡から貴方を守り、汚れた足跡を排除し、貴方が残してくれた会社で私は慎ましく「社長」として生きる。
貴方が思っている以上に 私は「賢いキツネ」じゃないかしら・・・。
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