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大学を卒業して結婚した。職場で知り合った彼だった。
これまで好きだった化学とバスケには関係のない職場だった。彼のことも本当に好きだったのかはよくわからなかった。それでも私の決めた人生は間違っていなかったと思いたかった。
そして子供が産まれた。子育ての日々が私を苦しめだした。
夫は子育ての手伝いをしてくれない。どこにもぶつけられない育児のストレス。
こういうときに親を頼りたかったが、大学に入学するときに家を飛び出して以来連絡を取っていなかったので、今更合わせる顔もない。
そんな生活の行き場のない気持ちを静めてくれたのは友達だった。
子供を産んだことでコミュニティが広がった。家の周りには誰も味方はいないと思っていたが、近所のお母さんたちが私の味方だった。
子育ての悩みや人生の悩みまで、思いを吐き出す場所があるだけでも良かった。少しづつ気持ちも軽くなり人生に彩りが増えたように感じた。
私は出産で進む人生なのだ。
子育てをすることで幼少期の思い出も蘇ってくる。
私は外で活発に遊ぶ子供だった。毎日のように夕方まで走り回り、洋服を泥まみれにしていた。
その中でもじゃんけんグリコの遊びが好きだった。じゃんけんで勝った時の指で進む数が変わる遊びだ。
私は頑なにグーを出し続けていた。
そう、私は3進む人生なのだ。
父が倒れた。
母からいきなり電話がかかってきた。大学へ進学する時に家を出てから一度も連絡は取っていなかった。
もう今更話すことなどない。これからも親と関わることをしないこという決意が頭をよぎったが、何か嫌な予感がしたのも事実だった。
長いこと着信音を聞いた後に応答ボタンを押した。
「お父さんが倒れて今手術をしているの。家からそう遠くない病院だから、一回顔出してくれない?そうすればお父さんだってきっと元気になってくれると思うから」
今更どんな顔で親と会えば良いのだ。私が行きたい人生のために勝手に家を出て大学へ行ったのだ。
親は化学やバスケをしても人生のためにならないと言った。確かに私は今どちらにも関係しない日々を送っている。仕事も私がしたかったものではないかもしれない。
あの時親の意見を聞いていれば全く別の、今よりも良い人生が待っていたのだろうか。今再び親と会話すればそれを認めることになってしまうかもしれない。
ふと家の中を見渡した。子供もいる幸せな家庭。親しいママ友からもらったお土産の小物。新しい家。
これでも不自由なく暮らしてはいる。それで良いのではないだろうか。私のこれまでの人生は何も間違っていなかったと胸を張れるのではないか。親にも堂々と幸せに人生を生きていると伝えれば良いのでないか。
そう思うと心が軽くなった気がした。それに本当の私の気持ちに気が付いたときに、父親の心配という感情にやっと気が付くことが出来た。
急いで病院へ向かった。
私の家から実家までは急行電車に乗ると3駅しか離れていない。すぐに駆け付けられる距離だ。
手術は既に終わっており、一命は取り留めたらしい。今は病室にいると受付で聞いた。
病室のドアの前に立った時、胸が締め付けられるほどの不安を感じた。
そんな時はこれまでの人生の教訓を活かせば良いと感じた。
悩んだら3進めば良い。
追い求めていた仕事ではないがしっかりと仕事をしています。そして結婚もしました。今子供もいて幸せな家庭を築いています。
この3つをただ伝えれば良いだけだ。私の成長を見せれば良い。
思い切りドアを開けて両親と再会をした。
前よりも少し年老いた顔見ると様々な気持ちが込み上げてくるが、私は今の状況と成長を3つ淡々と伝えた。
両親からは「そう」という返事が返ってくるだけだった。
私が家を飛び出す前の光景が蘇る。あの時もこんな会話と表情だった。私は成長をしているつもりだったが、まだ何か足りないものがあったのだろう。
その足りないものに本当は気付いていた。
気付いていたが、気付かないふりをしていた。
逆のことを言わないといけなかったのだ。
「ごめん」
両親に初めて謝った。私の勝手な考えで親に心配をかけさせ、挙句の果てには家も飛び出したのだ。両親からしたら心配であったに違いない。
どんなに私のことを叱ってもそれは私のためなのだ。そのために両親は私を叱ってくれるのだ。
そのことに気が付いていたのに、自分がすべて正しいと思い込むために気が付かないふりをしていた。
それを口に出した瞬間に涙が止まらなかった。
これまでと同じ3進むだけでは本当の成長はできない。更に成長をしないと
未来は変えられないのだ。
これからは4進む人生なのだ。
「掃除一旦休憩にしてコーヒー飲まない?」
別の部屋を掃除していた母の声が遠くから聞こえる。
「うん、わかった。今行く」
落ちていたサイコロを両手で包み込んで胸に当ててみた。
これまでの人生は間違っていなかった。3進む人生も間違ってはいない。
しかし本当に人生に迷った時、このままでは駄目だと気付いた時、そんな時は逆を考えてみると良い。
サイコロの3の目の裏は4の目だ。物事を逆に考えて4にすれば良い。
私はサイコロの4の目を上にして、そっと父の遺影の前に置いた。
来年の大掃除でまたこのサイコロを見つけた時、私は前より1歩進んでいるのだと思えるように。
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