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数珠が弾けた。
いや、正確にいうとそれらは赤い球体や白の水晶体、細やかなビーズなどが一本に繋がっていて、数珠というよりは霊的に美しいブレスレットという認識が適切だった。
フローリングの床の継ぎ目を縫って拡散するそれらに一瞬見惚れる僕と相反して、持ち主の峰岸さんはジャッカルのように光る石の一粒一粒を機敏に追い掛け探し始めた。
その進行方向とは逆からドスン!と何かが倒れる音がした。
見るとそこには倒れてうずくまる初老の常連客がいた。
きっと石に足を滑らせて転倒したに違いない。
慌てて僕はそのお客さんに駆け寄り
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
証拠に光る石の破片らしきものがお客さんの靴裏にくっつく、というよりは刺さっている。
とっさの事で説明が遅れたが、僕と峰岸さんはこの場末のバッティングセンターの店員であり、勤務中に彼女のブレスレットが弾けたのだ。
「ああ、大丈夫大丈夫。どうもすいません」
謝るのはこちらの方なのに、老人はケロリと立ち上がってくれた。
本人は自身の転倒の原因を知ってか知らずか、ちょっと首をかしげてからまた来るよ、と言って退店した。
この間、峰岸さんは自ら失った宝探しに夢中になっていて、こちらには一瞥もくれていなかったようだ。
“逆に気づいてこちらに来てお客に謝ってトラブルの元になるより良かったかも”
この妥協はこれまでの峰岸さんへの温情、心のお返しだ、と思う事にした。
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