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画面の妻は、僕の知ろうとしなかった真実を明らかにしていった。
妊娠できなかったのは、突然発覚した病気の影響だったこと。
ただでさえ気持ちが遠のいている僕には、どうしても打ち明けられなかったこと。
治療を続けてきたけれど、子どもを授かるどころか、体調が悪化していく一方だということ。
そして……もう自分は先が長くないのだと、妻は感情を押し殺した口調で語った。
「面と向かえば、ずっと一緒にいてほしいと言ってしまうから」
少し目を伏せて言い淀んでから、妻は一気に言葉を紡いでいく。
「あなたは出会ったころ、父親になるのが夢だと言っていた。まだぎりぎり四十代だから、別の人と結婚すればやり直せる」
あぁ、僕は……そんなことを言ったのだろうか。記憶にない。
家庭的なところを見せた方が彼女の受けがいいだろうと、どうせその程度のことだったに違いない。
「本当はもっと早く解放してあげるべきだった。わかっていたのに、自分の命の限界が見えるまで踏ん切りがつかなかったわたしを赦してください」
妻と向き合ってこなかった責めを、僕は今、一身に負う。
「ひ、浩美……」
しばらくぶりに僕の口から出た妻の名は、長らく呼び慣れていないせいか、今知ったばかりの事実に対する動揺のためか、生身の人間のものとは思えないほど不確かな響きだった。
いや、妻はもう、生身ではないのか。
その名前を呼べば妻が戻ってくるのではないか、という直感的な淡い期待は瞬時に打ち砕かれ、現実の冷たさだけが後を追ってくる。
そんな……僕は、僕は……。
「どうか、幸せな家庭を」
その言葉を最後に、妻は、今思いを託したばかりのリモコンを抱きしめて、画面から消えていった。
テープがぷつっと再生を終え、画面が真っ暗になった。
部屋でひとり座り込んだ僕の顔だけが、さっきまで妻を映していた黒いテレビ画面に映り込んでいた。
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