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それからも肌を合わせることはまったくなく、体の仲に比例するように言葉を交わす機会も激減した。
もちろん子どもの話題は、自然と出なくなった。
僕は家庭生活を充実させることよりも、大きな仕事を成し遂げて会社で認められることに傾倒していった。
もともと望んで就いた広告の仕事ではあったが、打ち込めば打ち込むほどに面白さが増した。
思うようにならない夫婦生活とは正反対の、裁量の大きな世界に僕は生き甲斐を見出していた。
毎日が残業で、自宅で仕事をする妻の邪魔をしては悪いという口実もあり、妻に寄り添う時間を持つことはなかった。
今にして思えば、ここ最近は特に妻の様子はおかしかった。
朝晩の束の間にしか顔を合わせていないとはいえ、妻が何かを思い詰めていることに気付いた時点で、話を聞いてやればよかった。
◆
ときどき思い出したように起動する、古いビデオデッキのリモコンが見当たらないことに気が付いたのは、妻が出て行ってから一か月が過ぎたころだった。
すぐに考え直して帰ってくるのではないか、という僕の期待はとうにへし折られていた。
出先で行方不明になったわけではなく荷物ごと出て行ったのだから、無闇に追いかけるのも間違っているような気がして、僕は妻を探す行動を積極的に取れずにいた。
僕たちは内縁の夫婦だし、妻は僕と同程度の収入があったので、社会保険や税金関係など身元に繋がりそうなものは、すべてが夫婦で別個だった。
だから、妻が意図的に僕の前から姿を消した以上、僕に妻の痕跡を辿るすべはほとんど残されていなかった。
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