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そんな中で、もともと僕の所有物だったビデオデッキのリモコンがない、という事実は、些細ではあるけれども、妻がいなくなったあの日以来初めて起きた、僕の生活上の異変だった。
僕が独身時代に購入したビデオデッキは年代物だが、我が家では現役だ。
普段は最新型のDVDプレーヤーを使っているが、妻と出会ったころの遠出や、同棲を始めたころに飼っていた犬の映像などが、ビデオテープの中には眠っている。
頻繁に視聴するわけではなく、ほとんど忘れかけては、すんでのことで消失するところだった記憶を上書きするかのように、振り返る思い出の数々だ。
かつては妻とふたりで見る時間も楽しかったが、近年は妻の寝静まった深夜にひとりで再生することが多かった。
別に隠れ潜むようなことではないはずなのに、今さら過去を振り返っている女々しさが気恥ずかしくて、そんなことになっている。
もう今では直接見ることはなくなった妻の笑顔が、昔の映像ではたびたびあらわれた。
それはもはや、死んだ飼い犬を見ているのと同じ感覚だった。
妻不在の一か月は、最初に思ったよりも長かった。
待っていても一向に帰ってこない妻を、やはりこちらから探すべきなのではないか。
今では僕もそう考えるようになっていたが、妻の携帯電話は解約されているようだったし、僕たちには共通の知人もいない。
最近の妻の仕事の依頼元にも当てはなかった。
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