半年前のリモコン

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 この家に妻と住み始めた時代、仕事に挫折しては互いに慰め合っていた時代へと、僕は無意識のうちに思いを馳せていた。  あのとき、妻はどんな顔をしていただろう。どんな言葉を僕にかけてくれたっけ。 ◆  ビデオデッキのリモコンを失ってから月日が経つにつれ、僕は、妻本人だけでなく、思い出の映像までもと決別する覚悟を、徐々に固めつつあった。  そんな矢先のことだ、諦めきれずたびたび覗いていたフリマサイトで、該当する品番のリモコンを発見したのは。  見るからに時代遅れのデザインだが、僕にとっては懐かしいばかりのリモコンの画像を前に、僕の胸は高鳴った。  妻と離れてから半年が経っていた。  今どきのフリマサイトというものは便利で、互いに素性を明かさず、匿名で売買をすることができるらしい。  年代物ビデオデッキのリモコンで、しかも「傷あり」と申告されているにしては提示されている価格は高かったが、売り手が自由に値段設定できることも、フリマサイトの特徴のようだ。  迷うことなく購入した僕だったが、数日後に届いたリモコンを見て驚いた。  フリマサイトに出された画像には光の加減で写っていなかったが、リモコンのボディに特徴的なひっかき傷が走っている。  かつて僕が使っていた、そして妻が持って出て行ったリモコンにも、同じような傷があったはずだ。  まさか、このリモコンを出品したのは妻だとでもいうのか。  混乱しながらも僕はリモコンを手に、久しぶりにビデオデッキの電源を入れた。  古めかしい起動音がひとりぼっちの部屋に響いた後、映像が始まった。  このデッキは起動すると、内部に挿入されているテープが自動で再生されるのだ。  そのため普段は使い終わったら挿入口からテープを抜いておくのだが、何かのテープが半年間入りっぱなしだったらしい。  怪訝に思う僕をさらに驚かせたのは、そこに現れた映像だった。
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