半年前のリモコン

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 家に帰ると、妻が姿を消していた。  妻だけではない。彼女の衣類はもちろん、ドレッサーやお気に入りのティーカップ、彼女が使っていた布団までもがなかった。  僕が仕事で留守にしている間に、身の回りのものを運び出したらしい。  妻の気配を感じさせるものすべてを失った部屋は、奇妙に歯抜けしていて、その違和感の中で僕はうろたえた。  なぜ妻は、何も言わずに出て行ったのか。  いや、実のことを言うと心当たりはあった。  僕たちは一緒に住み始めて二十年になるが、夫婦として籍は入れていなかった。  妻が在宅勤務で仕事をこなす自立した女性だということもあり、僕たちは形式としての結婚にあまり興味がなかった。  諸々の手続きは面倒だし、子どもができれば入籍すればいいかと軽く構えていた。  しかし、いつまでたっても僕たちに子どもはできなかった。  妻がそのことで通院しているらしいと気付いたのは、十年ほど前だっただろうか。  そのころ既にフリーランスで安定した収入のあった妻は、会社勤めの僕とは健康保険が別だった。  だから、台所の流しのそばに置き去りになっていた、産婦人科の処方薬の紙袋を見つけるまで、僕は妻の通院を知らなかったのだ。  産婦人科の「産」の文字に少し居心地の悪さを感じたのは、夜の営みを拒絶される日々が長く続いていたからかもしれない。  それで僕は、置き忘れた薬を取りに来た妻に、つい嫌味な言い方をしてしまった。 「なに、わざわざ病院なんか行って。今さら妊娠希望かよ」 「んー、ちょっとね」  それ以上触れるなとばかりに牽制してくる妻を、追求する気は起きなかった。  そのまま放置しているうちに、僕も彼女も五十代が目前に見えてきた。
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