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という出来事があった。
何が悪いかと問われれば、それはもう十割十分途中で寝やがった恵太の野郎だ。殴っても起きなかった奴が都合の悪いタイミングで起きるなんて、嫌がらせ以外のなんだというのか。
そういう訳で死んでほしい。むしろ俺の中では恵太の生命はすでに絶たれている。
この世に存在してねえはずの奴が話しかけてくんじゃねえよ気味ワリぃな。
「道哉」
「…………」
「聞けって」
「…………」
「いい加減にしろよ」
「…………」
いい加減にすんのはテメエだ。
ムカツク顔は見たくないから、朝からずっと自室に籠っていた。鍵なんか付いていない部屋のドアをあっさり開けやがった恵太は、朝からちょいちょい俺に絡んでくる。
つまり全然一人になれない。
普段は喧嘩になるとそれぞれ口をきかなくなるのに、今日はどういうつもりかウザい。
こんな男にも欠片程度の罪悪感くらいはあったのかどうなのか。一人で部屋にこもりたい俺を、こいつは意地でも一人にさせなかった。
一人でベッドにもぐりこんで恵太に背を向けていたけれど、何度もしつこく呼びかけてくるから頭からシーツを被って呼び声もろとも遮断した。
実際に遮断なんてできないが。防音室じゃないもん。ただの布団だもん。
何様だか知らんが深く溜め息なんぞ吐きやがったのもちゃんと聞こえた。てめえコラ態度改めろ。
「……道哉」
ギシッとベッドのふちが沈み込む。恵太がすぐ近くに腰を下ろしたのが分かった。
ムカムカする。出てけとか死ねとか言ってやりたいけど口をききたくないから黙っていた。すると今度は被っていた布団を腹の辺りまでずり下ろされた。やめろよ。
「なあ」
「…………」
布団を強奪されたことによって顔が空気に晒される。恵太のいる方に背を向けたままその存在を除外していたが、こいつはなんの許可もなく、ベタベタと俺に触ってくる。
超ウザい。身を捩って心からの拒絶を表した。
だけどこいつは全然やめない。それどころか人の顔に手を伸ばし、スッとその指先が触れた。
「触んじゃ…」
手のひらが覆ったのは目元。視界が暗く閉ざされる。
やや控えめにぐっと肩を掴まれ、背中がそっとシーツに触れた。そうやって仰向けにされると同時に、唇に重なる。
この感触は、おそらく、いや間違いなく。恵太の唇だ。
「…………」
俺の視界を遮りながら、ただ触れるだけのキスをしてきた。目元を覆われているから恵太の顔は見えないけれど、いつものキスより確実に優しい。
啄むようなそれに、ちょっと戸惑う。憎らしいほど、よく馴染む。
キスはそれ以上深まる事なく、唇はゆっくり離れていった。まぶたの上に乗せられていた手も退かされて、恵太の顔が目に映る。
「昼メシ。もうできてるから欲しけりゃ来い」
「…………」
そう言って部屋を出て行った。俺がこれで引きこもりをやめるのが分かっているかのように、ドアは閉めずに開かれたまま。
閉めてけと言って怒鳴らなかったのは、別に今のキスが嬉しかったとかそういうあれでは断じてない。
渋々ベッドから下りたのは、離れる間際に掠める程度、キュッと手を握られた事とはこれっぽっちも関係ない。
「……んだってんだよ」
ずり落ちそうな布団をベッドに戻して、仕方がないから部屋を出た。
昼飯がオムライスじゃなかったら思いっきりぶん殴る。
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