ケンカするほど

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***  なんとなく合わない。昔からだ。  仲の悪い原因を考えてもすぐにはパッと思い浮かばない。強いて言うなら対面した瞬間に本能的なものが訴えかけてきた。  こいつキライ。絶対に仲良くなれない。目を合わせるな近寄るな、って。  どうやらそれは恵太も同じだったらしく、初めて会った時からとにかく俺達は仲が悪かった。お互い相手が気に食わないから、顔を合わせればほとんど必ず殴る蹴るの争いが始まる。  俺が恵太を貶せば恵太は俺をぶちのめし、恵太が俺を罵れば俺は恵太に跳び蹴りを食らわす。嬉しくないリピート機能だ。心から馬鹿げていると思う。  こんなくだらない事を日々繰り返さなければならない原因は恵太の存在そのものにあるから、最終的にいつも俺が辿り着くのは一つの難問。  コイツいつ死ぬんだろう。 「けーた」 「気安く呼んでんじゃねえ。なんだよ」 「昨日噛まれたとこ痛ぇんだけど」 「知るか。つーか俺もイテエし。てめえ毎回わざと爪立ててんだろ」  高一の時の初対面は、十年以上も前のこと。顔も見たくない。声を聞くのも嫌。ウゼエからもうさっさと死ね。  お互いそう言い続けている俺達は今、なんでか知らないが同じマンションの同じ部屋に住んでいる。  毎日それぞれ仕事を終えて帰ってきたあとは、見たくもない相手の顔を正面から見ながら食事。地獄だ。  2LDKのまあまあな部屋は男二人で住んでいても狭苦しさは感じない。しかしこいつと同じ空気を吸っていると思うと虫唾が走る。  メシを終えても自室には戻らず、リビングにだけ置いてあるテレビの前では恒例のチャンネル争いが勃発。ソファー前の床に腰を下ろし、軽い取っ組み合いの果てにリモコンは恵太の野郎に取られた。  ガラ悪い見た目してるくせにワンニャン特集とかほんわかした番組見てんじゃねえよキモいなこの野郎。  高一の時にはほぼ変わらなかった身長も、卒業時には十八センチ弱もの差を付けられていた。恵太は細身でゴリマッチョではないがこの忌まわしき身長差のせいで、日々の取っ組み合いは俺の方が基本的に若干不利になる。  リモコン争奪戦の勝敗はだいたい三、七くらいの割合で俺が破れていた。敗戦記録ばかりが積み重なっていく。見た目にそぐわないこの馬鹿力と張り合うと俺にだけ疲労が溜まる。 「……疲れた」 「そうかよ」  こいつのせいだ。こいつが悪い。  だから恵太に凭れかかって、ささやかな仕返しをしてやるのもここ数年で恒例になった。  胡坐をかく恵太の前に押し入って座り込み、ぼすっと後ろに寄りかかって遠慮なく体重を預けた。これで大好きなワンワンニャンニャンも観にくいだろう。ザマア見ろ。 「邪魔だな、テメエはいちいちよ」  そう言って両膝を立てたこいつ。俺を足の間に収めて、後ろから腕を回してくる。体の前に巻き付けた腕でぐいっと雑に引き寄せられ、右肩には恵太の顎が乗った。  顔が近い。髪が当たる。うざい。 「重い。邪魔」 「観づれえ。邪魔だ」  邪魔だと言う割に俺を後ろから拘束しているのは恵太。その腕に逆らいもせず、腕の中に収まっているのは俺。  仲の悪さは相変わらずだけど、高校時代とは行動の取り方に多少の変化も生じた俺達。食後のこの体勢だって、今では日常の風景の一つだ。  昔の俺達を知る奴らには、こんなのは絶対に見せたくない。
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