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まだ曖昧ながら、自分の記憶が甦ってきた。だが、まだわからないことがある。
「何故、おれを蘇らせた? おれでなくとも、手駒ならいくらでも…」
ずっと疑問に思っていた。これまでの道のりは、すべておれの生前の足跡だ。
おれが命を捨ててでも護ったモノが、どうなったかという筋道だ。そこまでやる義理がわからない。
「はぁ、ホントに覚えてないんだ。こっちは約束果たしに来てやったのに」
そう言って、彼女は被っていたフードを取り、胸に着けていた青いリボンを髪に結ぶ。
「…私は、あんたの言葉に救われたのよ。とってもありきたりな、多分気休めだったんだろうけど」
ふわり、と灰の混じった風に、銀の髪がそよぐ。
「…負けるな。キミは強い。きっと、誰でもない、キミ自身が、誰かを守れるくらいに」
…電流と共に、一つの光景が過る。その言葉と一緒に、青いリボンを贈った。誰に? それは──、
「……アー、ちゃん?」
…そう。この地で会った、独りぼっちの女の子。その子と、目の前のアルテの顔が重なる。
「漸く思い出したの? 傷付くなぁ」
「え、でも千年前だぞ? 何で見た目全然変わって…」
「そりゃ、純血のエルフだし。人間と違って無ッ駄に長生きだから、千歳ちょっとはまだまだ尻の青いガキ扱いよ」
…尖った耳をぴこぴこ動かせながら、ため息混じりにアルテは語る。
「ま、そのおかげでひとつのことに打ち込むにはうってつけって訳。苦労したのよ、死霊術式なんて外法中の外法で、習得するだけで人の一生何回分っての」
「そこまでして、何を──」
おれの質問に、彼女は一瞬目を伏せて、そして次に向き合って答える。
「あんたが、心配だったから…かな」
何処か恥ずかしそうに、しかし目をそらさずに続ける。
「あんたは確かにいろんなものを守ってくれた。けれど、そんなあんたを守るものはいなかった。だから、後悔してないかってずっと思ってたの。私たちと違って、あんたらは命が短い。そんな、灯火みたいなのを使って、地に濡れて、それで──」
…堰を切ったように、言葉が次々に溢れ出す。ずっと抱えていた、胸の仕えが解き放たれていく。
「…でも。私はこれだけは言えるよ」
…ひとつ、呼吸を置く。そして再び風がそよぎ、灰が陽光で反射する。
「──ありがとう。あんたの護ってきたモノは、あんたの歩んだ道のりは、無駄なんかじゃない。たとえ、世界中のみんなが忘れても、私が証明し続ける」
…日だまりのような、優しい笑顔だった。胸の奥が震えている。暖かいモノが、染み渡っていく。
「…こちらこそだ。ありがとう」
無駄なことじゃなかったと、ただ言うためだけにここまできた少女。そのすべてに向けて、感謝を。
「…で、どうする? あんたが望むなら、墓石込みできっちり埋葬してあげるけど?」
「…そうだな」
考える素振りをする。いや、考える必要もなく、答えはとっくに浮かんでいる。
「せっかくだ。千年ぶりに、誰かと旅をしたいな」
「…そう」
…互いに口元が緩む。おほん、とわざとらしく咳払いをして、アルテは手を差し出す。
「なら、オトモにエルフはいかが?」
「ふ、こいつは頼もしい」
おれも手を差し出す。そして、強く握り返す。
「……これからも、よろしく。眷属クン」
──そう言って、一歩踏み出す。このお節介なヤツと、これからの足跡をつくっていく。その断片は、また別の話だ。
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