第二章①朝昼夕夜

5/7
前へ
/22ページ
次へ
「貴方達とすれ違った後に夕田先生に聞きました。先生は『俺と仲良しの夜野クンとその友達だ』と話してくれました。先生の知り合いなら優しい方達だと思い、会ってみたくなったのです」  ここで文章が途切れている。夕田さんは僕と仲良しだと夜野さんに言ってくれたのか。ただの生徒と言わない所に先生の厚意を感じて、心から暖かくなる。  突然隣でテーブルを拳で叩いたような重い音がした。びっくりして、読み終わった手帳を灰色の床に落としてしまう。手帳を屈んで拾い上げながら音がした方を見る。  佳奈が長机の上に立膝をついて体を伸ばし、昼岡さんの透き通るように白い両手をぎゅっと掴んでいた。 「あっああっ朝切佳奈です。美麗ちゃん仲良くしようね」  初めての自己紹介はまだ上手く行かないようだ。昼岡さんはかなり驚いたようで、握られた手から目の前にある顔に視線を移した。  佳奈はどもったことが全然恥ずかしくないかのように満面の笑みを浮かべていた。僕のクラスで自己紹介した時はあんなに恥ずかしそうだったのに、今ではびくともしない。佳奈の著しい成長に胸が熱くなった。 「今のように私ア段とオ段が苦手で、最初の音を連発しちゃうことがあるんだ。上手く喋れないのは私も同じだから、美麗ちゃんの友達として一緒に乗り越えていきたいな。」佳奈がさらに続ける。  昼岡さんが艶やかに微笑んで大きく頷いた。笑う時の口元は夕田さんに似ているかもしれない。そのまま佳奈の手を握り返して嬉しそうに上下に振った。静かな空気から一気に温かい空気になったようだ。  佳奈が振り返って僕を見つめた。小声で「涼介も」と口をパクパクさせる。どうやら次は僕の番のようだ。 「初めまして、ではないか。佳奈と同じく中二の夜野涼介です。今日は比較的調子が良い日なので滑らかに話せていますが、難発性吃音で僕も上手く喋れません。言葉が出ない辛さは僕にも分かるので是非昼岡さんの力になりたいと思います」  僕が言い終わると昼岡さんがゆるりと右手を差し出してきた。握手を求めているのだろう、と判断して華奢な細長い手を優しく握った。  二人の手の上に温かい手が加わる。出された腕の先を見ると、佳奈がやったねとでも言うようにガッツポーズをしていた。僕も握手をしていない手でピースサインを返した。  三人の手の上にさらに分厚い手が乗っかる。先生が安心したように何度も大きく頷いていた。 「よかった、本当によかった。三人ともいい話し相手ができたな。夜野クンと朝切サンは空いてる時ならいつでもカウンセリング室に来ていいぞ。昼岡サンの大事な相談相手になってくれ」 「「ありがとうございます」」
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加