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元々は先生のおかげで昼岡さんに会えたのだ。頭を深く下げて感謝すると、先生は大袈裟だなぁというふうに離した手を体の前で振った。
「俺は『いい人』の味方だから優しく接するのは当たり前だ」
「いい人ってなんですか」佳奈がすかさず質問する。先生はお茶を一口啜ってからこう答えた。
「先生は障害者や弱者とかいった言葉が大嫌いだ。それは障害を持たない人から見た勝手な言葉なんだ。当事者からすれば障害が当たり前の世界だから障害なんか持っちゃいない。日々を精一杯生きる人は絶対に弱者ではないよ」
昼岡さんが感心したようにコクリと頷く。先生は僕達の顔を一人ひとり真っ直ぐに見た。
「だから先生はいい人と呼ぶことにした。毎日を苦しみながらも前向きに生きている人は、同じく苦しんでいる人の辛さを理解できる。つまり本当の友達になってあげられるんだ。ちょうど君達のようにね」
先生の思いやりに溢れた誠心誠意の言葉に目頭が熱くなる。生徒思いの夕田さんに出会えたことを心の底から誇りに思う。
「だからカウンセラーになったんですか」佳奈が重ねて質問する。
「まぁそうだな、俺が若い時は現代よりもっと、いい人達への差別が酷かったんだ。差別を無くすために作られた全国初の条例もたった十数年前のことだしな。いい人達の味方に少しでもなってあげたかったんだよ俺は。色々大変だけどやりがいがある仕事だよ」
そう言いながら顎髭を左手で触る先生はいつもより数倍格好良かった。夕田さんが僕の父親ならどんなに幸せだっただろうか。ありもしない想像を頭の中に描きながら儚いため息をついた。
下校のチャイムが淡々と鳴り始めた。壁に掛けられたクマの大きい丸時計を見る。黒色の短針は五時を指していた。会話に熱中していて気づかなかったが、すでに夕方になったようだ。
先生が腰を上げて、唸りながら伸びをした。怖い顔つきからでは考えられないほどの可愛い声に思わず苦笑いが漏れた。僕の顔に気づいた先生がなにやってんだと相好を崩す。
「今日は来てくれてありがとな。昼岡サンはお母様が迎えに来るまでここにいるから君達はもう帰りなさい。お茶は片付けなくていいよ」
佳奈はまだ話し足りなさそうにしていたが肩を叩くとしぶしぶ立ち上がった。話し足りないのは僕も同じだ。また来ようと思いながら入口のドアに向かう。
佳奈がくるりと振り返って両手を大きく振った。昼岡さんが端正に顔の横で小さく手を振り返す。その動作は貴族を思わせていた。僕も腕を扇形に動かしてカウンセリング室に名残惜しい別れを告げた。
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