旋律の果てに

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出逢いは突然とはよく言ったもので私には縁のない事と思っていた。 「宜しければ、こちらをお使い下さい」 と、コンクリートを濡らす雨の音と共に静かに話す低く耳心地の良い艶のある丁寧な声に顔を上げた。 綺麗に整った端整な顔立ちに眼鏡を掛けた知的な男性が、大き目の傘を私の方に向ける。 徐々に私を避け始める雨。 少し大きな手によって強引に私の手に握らされる大きくて黒い傘。 「勘違いしないで下さいね。誰にでも傘を渡すような事はしませんので。貴女にはですよ。それでは」 「えっ…?あっ…あの!」 声の主を引き止めようとした私の震えた声は、土砂降りの雨にかき消され届かぬものとなった。 長身でスーツ姿の彼は叩きつけられる雨にも構わず、頭に鞄を被せながら暗闇に溶け込んで行った。 どうしよう……。 と思っても私の右手には大きな黒い傘がしっかりと握られている。 ずぶ濡れになっていた私の心と体を溶かしていくように傘の持ち手はほのかに温かい。 その温かさに少しだけ笑みが溢れた。
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