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第一章
「あー、もう最悪」
机に突っ伏したのはよく日に焼けたひょろりと長い手足の少女。
開け放した窓の向こうに見えるのは夏山の鮮やかな緑と青い空。
のどかな景色に響く物悲しいヒグラシの声。
(はぁ。切ない。……ジジくさく物思いにふけっている場合じゃない!)
「夏海、なんかあったの?」
声かけられて夏海はのろのろと体を起こすと今度は不満げに口をとがらせて机に頬杖をつく。
「買い物に出かける予定だったのに、週末に予約が入ったから中止になった」
艶のある長い黒髪を三つ編みに束ね、恨めしそうに見上げるのはくるりと大きな栗色の目。名前は椎葉夏海。現役の中学生で受験生である。
「夏海の家は民宿やってるからね。休日返上?」
「うちに休日なんてないよ。鬼婆にこき使われて受験生なのに家の手伝いやらされるんだから最っ悪。ひどくない?」
夏海が愚痴る相手は人懐っこい笑顔のショートカットの女の子。
名前は那須由美。よちよち歩きの保育園から何をやるにも一緒の筋金入り幼馴染でクラスメイト。
夏海の家は民宿をやっている。
(正確には林業家の父と料理上手な母が経営しているペンションだ。民宿もペンションもこの村じゃ大差ない)
「手伝いもちゃんとやってお小遣い貯めて。買う物も決めて楽しみにしてたのに。予約が入って中止。私の努力は無駄だったの? ひどいでしょ?」
「かわいそ。愚痴ぐらい聞いてあげるよ」
(一番の問題はここには欲しいものが何一つ売ってない事よ!)
ここは日本有数の秘境でど田舎の椎葉村。欲しいものどころかコンビニもない。店と言えば村の中心街にスーパーが一件。酒屋や雑貨店はあるが年頃の娘が喜びそうなおしゃれな雑貨や洋服を並べるお店はない。
「ここがど田舎なのが悪い! 田舎なんか嫌いだ!」
と、頭から湯気が出そうな勢いで定番となった文句を吠えて不貞腐れる。
(お年頃の娘だ、欲しいものはいっぱいある! せめて愚痴ぐらい言わせろ!)
「ところで夏海。縁結びのおまじない知ってる?」
何の脈絡もなく話題を変えられ夏海は毒気を抜かれたように目を丸くして見上げる。
「何それ?」
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