第一章

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「『ひとめ見たしと、いつむる鶴の()う叶え。鳴るや鈴の思い込め、振るえ遠く願いゆき届く』っての知ってる?」 (聞いたことがある。確か春ごろから流行(はや)っているおまじないだ)  紙に呪文のような古臭い言葉を書いて、好きな相手か自分の名前を書いて持ち歩くという謎のおまじない。少しばかり気味が悪い。 (誰が言い出したかは分からないが一部では効果があったとかなかったとか。ついでに意味も謎) 「聞いたけど興味ないし、由美はやったの?」 「お嬢さん。流行に乗り遅れてますねぇ。このままだとあっという間に老けるよ」  すました顔で笑う由美はずいと身を乗りだして夏海を見る。 「それにもしかしたらイケメンの彼氏ができるかもしれないでしょ?」  目を輝かせた乙女顔の圧にさすがに引き気味に笑うしかない。 「ないない。だって私は好きな人いないし、やる意味なくない?」 「夏海は縁結びを理解していないの? 赤い糸でつながった縁を結ぶの。村のヤマザルと繋がってる赤い糸をちょん切って神頼みで都会のイケメンに結んでもらうの。分かった?」 「……出会いねえ」 「もしかして夏海は自分の赤い糸を拾うところから始めなきゃいけない? それとも持ってないとか?」 「持ってるわよ。……多分」  夏海には生まれてこの方浮いた噂一つない。彼氏いない歴は年齢と同じである。 (これは親戚と幼馴染しかいない村が悪い)  彼氏がいたとしてもど田舎過ぎて遊びに行く場所もない。 (家は山奥過ぎて携帯は圏外だし、どうやって連絡を取れと?)  休日返上当たり前。最近では家と学校の往復だけでやることがなくて一日が終わることも珍しくない。 (我が家はまるでブラック企業!)  宿に来る客は年上すぎて話題が合わない。一緒に来る若い客は幼過ぎる。 (出会いがなさすぎる! どれだけ虚しい生活なの、泣けてくるわ) 「夏海の家は民宿だからお客さんが来るじゃない? 縁結びのお願いをしたら独身イケメンの彼氏と出会いがあるかもよ?」 「ないない。宿に来るのは基本的におじさんばっかだよ。ど田舎に独身イケメンの客が来るなんて、ない、ない。」 「待ってるだけじゃおばあちゃんになっちゃうよ。だからせめて神様に縁結びをお願いするんでしょ? それとも夏海は一生この村で一人で暮らすの?」  由美の暗い笑顔に夏海は「それはヤダ」とぼそりと呟きペン握る。 (こんな田舎、絶対出て行ってやるんだい!)
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