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神様がまだ人間を守っていた時代
とある神様が双子の男の子と女の子を授かりました。
しかし驚くことに双子は神様から生まれながら、男の子は悪魔、女の子は天使として生まれました。
これには神様もビックリしましたが、きまり通り神様は男の子を魔界へ、女の子を天界へ送りました。
こうして男の子はセラ、女の子はアンと名付けられ、それぞれの世界ですくすくと育ちました。
「あーあ、退屈だ」
時は流れてここは人間界。
セラは悪魔の仕事をサボって浜辺で寝ていました。
勿論正体がバレないように人間に変装しています。
「サボってなんかねえし。生きのいい人間を探しに来ただけだし。」
セラはごろんと寝返りをうってうとうとし始めました。
その時、何かがごつんとセラの頭に降ってきました。
「いって!」
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「大丈夫ですか、じゃねえよ!人の頭に何ぶつけ……」
セラは目の前から走ってくる人間に目を奪われました。
それがあまりにも美しい青年だったからです。
長くととのえられた黒髪、白磁のように透き通った肌、彫刻のように整った顔立ち
ここまで美しいものは天界でも魔界でも見たことがありませんでした。
「本当にすみません。怪我してませんか?」
「い、いやいや!これぐらいなんてことねえから!」
青年に頭を撫でられたセラは顔を赤くしながら後ずさりしました。
「ところでこれ、何?」
セラは自分の頭にぶつかったであろう宝石のついたペンダントを指差しました。
「こ、これは、もう海に捨てようと思って……。」
「これを?随分高そうだけど」
「いいんです。もういらないから」
青年は悲しげに目を伏せました。
憂いを帯びた青年の顔もまたひときわ美しいものでした。
その表情に、セラは悪魔としての本能をかきたてられました。
「何があったの?良かったら話してごらんよ。」
「えっ、でも……」
「大丈夫!俺口は固いからさ!それに全然知らない奴だから話せることもあるだろう?」
「……。」
青年は涙を流しながらこくりと頷きました。
セラは内心でほくそ笑みました。
「つまり、恋人がいたけど実は婚約者がいて、そいつと結婚するからって振られたわけね。要するに遊ばれて捨てられたわけだ」
青年はこくりと頷きました。
「だから、彼のことを忘れようと思って、今日はここに彼からもらった宝物を捨てに来たんです。」
青年の手の中にはさっきのペンダントがあります。
セラはこの青年を自分のものにしたくてたまりませんでした。
そして、どうやって青年を不幸のどん底に陥れようか考えました。
「ねえ、そのペンダント、俺に貸して」
「えっ?いいですけど、どうするんですか?」
「決まってんじゃん。俺があんたとあんたを振った男のよりを戻してやるの。」
「ええっ?」
青年は信じられないと言った顔でしたが、セラは自信満々でした。
「そんな、どうやって……。」
「簡単さ。俺はこれから新月の晩までこの宝石に願をかける。そしたらこれはあんたに返すから、あんたはそれを肌身離さず身につけるんだ。そして3回目の新月の夜、あんたは恋人の愛を取り戻せる。」
「そんな……。ありえないですよ。」
「信じなくてもいいぜ。どうせ忘れようとした男のことだろ?」
青年はしばらく迷っていましたが、最後はセラにペンダントを預けました。
「信じても信じなくても同じなら、僕はもう一度賭けてみたい。」
「おっけー。じゃあ次の新月の晩にまた来いよ。」
セラはひらひらと手を振って青年の目の前から立ち去ろうとしました。
「待って!僕は、レイって言います!あなたは一体何者なんですか?」
セラはぴたりと足を止めました。
「綺麗なやつが泣いてるのを黙って見過ごせない、ただの色ボケだよ。」
セラの顔は、まさに悪魔と呼ぶにふさわしい歪んだ笑みを浮かべてました。
「えーと、ドラゴンの爪に、ネズミの目玉にカラスの羽を入れてっと……」
後日、セラは本を片手にぐらぐらと煮えたぎった釜と向き合っていました。
釜の中の液体にはには得たいの知れない生き物の骨や目玉が浮いており、不気味な臭いを漂わせていました。
「セラ、何してるの?」
「おー、その声はアンか。悪いな。今ちょっと忙しいんだ。」
天界から双子のアンがやってきました。
アンが来るとセラはいつも仕事を放り出して雑談に花を咲かせるのですが、今日は釜と真剣に向き合ったままアンの方を見ようとしません。
「随分と大きな釜ね。何を作ってるの?」
「ふっふっふ。お前には教えてやってもいいだろう。」
釜をかき混ぜていた棒を置き、セラは懐から例のペンダントを取り出しました。
「何それ?」
「人間界に降りた時男が捨てようとしたもんだよ。レイって今まで見たこともねえ綺麗な男だった。かわいそうに、愛する男に裏切られて捨てられたんだとさ。そんなクソみたいな男をまだ忘れられずにいる。そんな哀れな人間に会ったら悪魔様としちゃ何もしないわけにはいかないわけよ。」
セラはにやにやしながら話しますが、アンは要領を得ずにいます。
「つまりどういうこと?」
「このペンダントを新月の夜にこの薬に浸して呪文を唱えるのさ。それを3度目の新月の夜まで肌身離さず身につけているとなんと!術をかけた悪魔の子を身籠るのさ!」
セラは高笑いをしながら話を続けました。
「勿論レイには恋愛成就の願掛けだって伝えてある。レイは何も知らずに悪魔の子を産むんだ。それを知ったレイはどうなる?発狂するか、子供を殺すか、はたまた自殺するか。あの綺麗な顔が絶望で歪むのが今から楽しみで仕方ないぜ!!」
笑いが止まらないセラを他所にアンは目を細めました。
「あんた、自分が何を言ってるかわかってるの?よほどの悪さをした人間でない限り悪魔の子を産ませることは禁止されているのよ。そのレイって人はそんなに悪い人なの?」
「あいつの感じだとそうでもねえな。むしろ人が良すぎるぐらいだ」
「だったら止めなさい。いくらあんたでもお父様がなんて言うかわからないわ。最悪、殺されるわよ」
「かまわねえよ。」
「セラ!」
アンはセラの説得を試みますが、セラは聞く耳を持ちませんでした。
「こんなに執着した人間なんて今までいなかった。俺はどうしてもあいつの絶望する顔が見たいんだ。それが叶ったら親父に殺されてもかまわない。」
「……何を言っても、無駄なのね。」
「おう、悪いな。親父には黙っててくれよ」
「わかったわ。」
天使であるアンはセラの気持ちがわかっていました。
しかしセラに伝えようとはしませんでした。
きっとセラも自分の気持ちに気づいている、そう思ったからです。
それからアンは天界に戻り、いつものように仕事を続けました。
セラは仕事の合間を縫って薬の調合を続けました。
そして新月の夜、呪いのペンダントはついに完成したのでした。
「おー、ちゃんと来たか。偉い偉い」
「約束、しましたから」
ここはセラとレイが初めて会った浜辺です。
セラが近づくとレイは浮かなそうな顔を浮かべていて、セラは不審に思いました。
まさか男のことがどうでもよくなったのか?冗談じゃない。
セラは焦りました。
「どうした?やっぱり不安?心配すんなって。俺の願掛けはよく効くって評判なんだから」
「そうじゃありません。」
「じゃあ何?他に好きなやつが出来ちゃった?」
レイはびくりと体を震わせます。
当たりか。セラはにやりと笑いました。
「それも心配ない。今心に浮かべるのは本当に愛しているやつでいいんだ。むしろそうじゃなきゃこの願掛けは意味がない。」
「ほ、本当ですか!?」
「本当さ。俺が保証する」
セラが自信満々でいると、レイは花のように笑うので、セラは思わずドキッとしました。
「あの、そのペンダント、俺の首にかけてください。」
「うん?いいよ。」
セラは儀式のように首を差し出すレイの首に、ペンダントをかけました。
やった!これでレイは俺のもんだ!
セラが盛大に笑い出したい気持ちを抑えていると、レイはポロポロと泣き出しました。
セラがぎょっとしているとレイは口を開きました。
「嬉しい……。これを3回目の新月の夜まで身につけるだけで、想いは叶うんですね……。」
「ああ、そうだよ。」
セラが答えると、レイはそっとセラの片手を握りました。
「えっ……?」
「すみません。3回目の新月の夜に伝えるつもりだったんですけど、やっぱり僕、これ以上隠せません!僕が好きなのはあなたなんです!」
「は、はあああああ!?!?」
セラの間の抜けた声が辺りに響き渡りました。
「あなたと別れてから、優しく手を差しのべてくれたあなたのことをずっと考えてました。すみません。今言われても迷惑ですよね。でも3回目の新月の夜には僕たち両想いになれるんですよね?僕、それまでちゃんと待ちますから」
「いや、あの、ちょっと待って、そうじゃない!!」
全く想定していないことが起きてしまいました。
3回目の新月の夜を待たずして二人は両想いになってしまったのです。
普通ならここでハッピーエンドですが、セラは悪魔です。
愛する人に望むことは幸福ではなく絶望です。
セラは頭を抱えました。
ええい。もう真実を話ちまおう。
自分は悪魔で、これからお前は悪魔の子を孕むのだと。
いくらセラが好きとはいえ、男の身でしかも悪魔の子を産むとなったら流石に絶望する。
ペンダントは万が一にも捨てられないように、1度つけたら子供を産むまで外せないようになっていました。
「ははははは!悪いがお前は幸せになんてなれねえよ!」
「えっ?」
セラは変装を解き、隠していた悪魔の翼をばさっと広げました。
頭からは角がにょきにょきと生えてきて、口からは牙が2本生えてきます。
「驚いたか!俺は人間じゃない!悪魔だったんだよ!」
「あ、悪魔?あなたが?」
「そうさ。お前の首にかけたペンダントは恋愛成就の願掛けなんかじゃない。呪いのペンダントさ!そのペンダントをつけてから3回目の新月の日にお前は俺の子を孕むのさ!しかも子供を産むまでそのペンダントは外せない。お前は男の身で悪魔の子を産むんだよ!」
どうだ!ここまで種明かししてやったんだ。
泣け!叫べ!絶望しろ!
レイは両手を顔で覆い、すすり泣き始めました。
流石にショックだったようだな!とはいえもう少し取り乱してもいいと思うんだが……。
セラが焦っていると、顔を上げたレイは花が咲いたような幸せそうな表情を浮かべていました。
「嬉しいです……。僕、生きてきてこんなに幸せなの初めてです。」
「はあああああ!?!?」
セラはついにひっくり返ってしまいました。
全ての種明かしをしたというのにレイは幸せの絶頂にいたからです。
「馬鹿か!!お前は男の体で悪魔の子を産むんだよ!!それのどこが幸せなんだ!!」
「僕、ずっと子供が欲しかったんです。でも僕、男の人が好きだから諦めるしかなくて……。でもまさかこんな形で願いが叶うなんて夢みたいです。」
「普通のガキじゃねえんだぞ!!悪魔の子だ!!お前もガキも忌み嫌われて生きていくんだよ!!大体恋愛成就の話だって嘘だったんだぞ!?」
「僕はずっと嫌われて生きてきました。男なのに男が好きなんて気持ち悪いって。家族からも縁を切られて、好きな人が出来てもいつも裏切られて。だからこの恋が叶わなくなっても平気なんです。この子と生きていけるなら。」
「だー!!ここまで言ってなんでそんな幸せそうなんだよサイコ野郎!!周到に練った計画が台無しじゃねえかーー!!」
浜辺でゴロゴロ転がるセラをレイは微笑みをたたえて見つめていました。
その時、振るような星空が突如雲で覆われました。
雷鳴が轟き、海は荒れ狂います。
「な、なに?」
「くそ、今頃現れやがった。」
雲の中から現れたのは白い巨体の大男でした。
右手には愛用している槍を携えています。
「あ、あれは誰?」
「お前らが言うところの神様だよ。そんで俺の親父」
「えっ!?」
レイはセラの後ろに隠れながら様子を伺っていました。
「セラ、貴様悪魔でありながら無理矢理人間に自分の子を孕ませたな。」
「あーそうだよ。今になって後悔してるけどな。」
「貴様は悪魔としての規約を破った。よってここに神罰を下す」
「ほう?俺はどんな罰を受けるんだ?」
「貴様をここで殺す」
「はっ、ちょっと罰が重いんじゃないのかい?父上よお。それともてめえもレイに惚れたか?」
「口を慎め。私は神であり父であるぞ」
神が掲げた槍には雲から雷が集まり、それはセラに向けて放たれようとしています。
その時、セラは閃きました。
ここで俺が死ねば、レイは一生不幸になるよな?惚れてる俺が目の前で死んで、一生一人で悪魔の子を育てるんだ。
あいつの人生は絶望で歪む。
それが叶うならこの命、安いもんだ。
「いいぜ、父上。俺はそれだけのことをしたからな。どんな罰でも受ける覚悟だ」
神は訝しみました。
これから殺されるというのにセラが素直すぎるからです。
「やめて!この人だけは殺さないで!」
ずっと事態を伺っていたレイがセラの前に出ました。
「無理矢理なんかじゃありません!僕はこの人との子供が欲しかったんです!だからどうか僕たちの仲を許してください!お義父さん!」
「む?」
「は?」
セラと神は揃って目が点になりました。
「いやいや、今の話の流れでどうしてそうなるんだよ。」
「だって僕が嫌がってるのに子供を産まされると思ってるからお義父さんは怒ってるんでしょう?嫌じゃないって伝えて僕たちの仲を認めてもらえば……」
「お義父さん言うな!!大体僕たちとの仲ってなんだ!!」
「さっきお前"も"レイに惚れたのか?って言ってたじゃないですか。だからセラさん僕のこと好きなんでしょう?」
「そ、それは、言葉の綾だよ馬鹿!!」
神をそっちのけで二人は言い合いを始めます。
神は考えました。
ここでセラを殺せばレイは不幸になる。
それではレイに惚れているセラは喜んでしまう。
それは罰にならないのでは、と
考えた末神は二人の口論に割って入りました。
「わかった。二人の仲を許そう。」
「お義父さん……!」
「はああああ!?何言ってんだくそ親父!!許すも何も俺はなあ!!」
「但しセラには罰を受けてもらう。悪魔としての力を全て剥奪し、これからは人間として生きるのだ。」
「はあ!?何言っ……ぎゃああああ!!!」
雷がセラの体を貫きました。
閃光が止むと、セラは自分の体を確認しました。
背中を触っても羽がなく、頭を触ってもツノがなく、口をもごもごさせても牙の尖った感覚がありませんでした。体を流れていた悪魔の力も感じません。
「ぎゃああああ!!!マジでただの人間になっちまった!!!なんてことすんだよくそ親父!!」
「お義父さん……!ありがとうございます!僕たち幸せになります!」
「うむ、孫の誕生、楽しみにしているぞ。」
神はセラを見やると、意地悪く笑って姿を消しました。
「ぜ……」
セラは体をぶるぶると震わせます。
「全部わかっててやったなくそ親父ーーー!!!!」
セラの叫びが海の向こうまでこだましました。
数年後
セラとレイが暮らしている家にアンが訪れました。
「こんにちは」
「あ、アンさん。こんにちは」
家の中からタタタっと出てきたのはレイでした。
「セラは元気?」
「そうですね。相変わらずですよ。」
レイが家の中を案内すると、ダイニングで頬杖をついてぶすくれてるセラがいました。
「あんたまだ拗ねてるの?」
「あったり前だ!!俺にとっては死ぬより屈辱だっつうの!!」
「おとーしゃんあそぼー!!」
「ぐえっ」
不機嫌全開のセラの頭に飛びついたのは、あの日セラがレイに産ませた子供でした。
「あらルカちゃん。こんにちは。」
「こんにちは。アンおばしゃん」
「挨拶がちゃんと出来て偉いわねえ。お父さんとは大違い」
「なんか言ったか?アン」
ルカを頭にのせたセラはギッとアンを睨みます。
「いい家族じゃない。ルカくんはいい子だし、レイさんはいい人だし。あんたもう悪魔じゃないんだから心入れ替えなさいよ」
「悪魔じゃなくなっても俺の性根は変わらねえの!」
やれやれ、と呆れ顔でアンとレイは見つめあいました。
「じゃあ聞くけど、なんであんた出ていかないの?」
「決まってんだろ!ルカを一流の悪魔にして親父に復讐する為だよ!」
「そんな風に見える?レイさん」
「見えませんね。いいお父さんだと思いますけど」
「そこ!人の話聞く!」
「おとーしゃん!!あーーそーーぼーー!!」
「だーーわかった!!わかったから髪の毛引っ張るな!!」
ルカにせがまれてセラはルカと庭に出ていきます。
「レイさん、どう思う?セラのこと」
アンの空気は一転して張りつめたものになりました。
「セラは悪魔だったわ。人を不幸にすることでしか喜びを得られなかった。かつてあなたを不幸にすることでしかあなたを愛せなかったように。そんなセラをどうして愛せるの?」
アンはレイを見やると、レイは優しく微笑みました。
「確かにセラさんは僕を不幸にしようとしていました。でも幸せがなんなのかわからなかった僕には、どんな方法であれ愛してくれたセラさんの気持ちが嬉しかったんです。
でもセラさんは優しいです。今も悪魔だった時も。僕が辛いときは側にいてくれて、ルカがいじめられて帰ってきた時は本気で怒ってくれて。おかげで僕たち、不思議な家族ですけど、幸せに暮らしてます。」
「そうなんだ。レイさん、幸せなのね。」
「はい。ものすごく。」
庭で遊ぶセラとルカを見ながら、レイはアンに語りかけます。
「アンさん、セラさんは僕を不幸にした悪魔なんかじゃありません。セラさんは、僕に幸福を運んでくれた天使です。」
アンは目を丸くしました。そしてぷぷっと吹き出しました。
「それセラに伝えてみてください。きっと面白いことになるわ。」
「もう言いました。見たこともないような渋い顔されましたけど」
「アハハ!レイさんやっぱり面白いわ!」
アンは腹を抱えて笑いました。
レイも隣で家族を見つめながら微笑んでいます。レイの胸にはあの日捨てようとしていたペンダントがキラリと光っていました。
これはまだ神様が人間を守っていた時代のお話です。
しかし幸せを知らずに生きていた美しい青年を守ったのは、一人の意地悪な悪魔なのでした。
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