Book1「三十二年の孤独」

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なので、寄る辺のないわたしはたった一人で生きていくためには「手に職をつける」ことがなによりも大事だと思い、もともと無類の本好きということもあって、大学で司書の資格を取った。 そして、卒業後はこの区の図書館に司書として採用されたのだが、正規の職員……つまり「地方公務員」ではなく「みなし公務員」としてだった。 とはいえ、給与も賞与も待遇も「地方公務員」と変わりなく、なんの疑問も持たず定年で退職を迎えるその日まで、食いっぱぐれなく司書として働けると信じていた。 ところが。 財政難に喘ぐのはこの区も同じで「地方行政改革」の錦の御旗の下、「不採算部門」の緊縮化を目指して、その最たるものの一つ(として選ばれてしまった)図書館が、公募によって選ばれた民間の受託業者に移譲されてしまったのだ。 やはり、勤務する司書たちが正規の公務員でなかったから、こういう強引な措置ができたのだ(と思う)。 この区の図書館は、一般社団法人「全国図書館専門管理センター」という団体に引き継がれたのだが、「一般社団法人」というとなんだかNPO的な非営利組織と思ってしまいがちなんだけど(実はわたしも最初はそう思った)騙されてはいけない。 一定の手続きに沿って登記されたこの組織は、実は「公益性」に縛られることなく、民間の株式会社とほぼ同じ活動ができるのである。 つまり、資本主義の根幹である「資本を持つ者が利潤を追求する」れっきとした「営利団体」なのだ。 センターからは「正社員」として雇用する道もある、と言われた。 だが、それは「司書」としての業務ではない。 原さんのような、自分が担当したエリアを回る仕事で、その業務内容はもちろん現場の仕事ではなく、現場で働く者の「労務管理」だった。 本から離れる業務なんて考えられなかったわたしは、迷わず「契約社員」である司書の仕事を選んだ。 そして、その後、このオフィス街のど真ん中の「分館」で、初めからセンターに雇用された真生ちゃんと、なごなごと勤務していたのだが。 本日、センターから「転勤」を言い渡されてしまった。←今ここ
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