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1.協定締結と角煮決戦
芳子さんと俺との一週間に及ぶ戦いは唐突に終わりを告げた。
芳子さんの宣戦布告を受け、俺はその日のうちに会議にかけ、徹底抗戦を決めこんだ。芳子さんは三日のうちに兵糧攻めに切り替え、俺は早速苦戦を強いられたが、何とかしてこの四日間切り抜けてきた。
だが、その努力は全て無駄に終ってしまった。
この戦いを傍観していたはずの、チェシィアさんの、その手によって。
「ほら、さっさと部屋を片さないからこうなるのよ」
「だって、芳子さんが」
「だってじゃないの。晩御飯までに片したらアンタの好きな豚の角煮出してあげるから」
「えぇ……あと三時間しかないじゃん」
「今日も皿洗いは三人分でいいってお父さんに連絡しとこうかな」
「すみません。片します」
俺と芳子さん――俺と妹の母親だ――の一時休戦の会談を後ろで聞いていた妹は、俺と目があうと肩をすくめてリビングに行ってしまった。口にスマッシュ棒という、当たり付きの棒アイスを咥えて。
「あの、俺のアイス」
「あら、食べていいって言っちゃったわ。ま、アンタが片さないからでしょ」
「……っ!!」
芳子さんはそう言うと、欠伸を噛み殺しながら妹を追って、「ねぇ、お風呂洗っといて」
「はぁい」リビングに行ってしまった。
まさか、この会談――初めから仕組まれていた……ッ!?
「嵌められた……ッ」
そもそも、この戦い、意地を張って部屋を片さない俺に有無を言わさず交渉出来るようにするための、芳子さんの策略だったのかもしれない。
「角煮決戦よ」
俺は母親には勝てないな、と諦め、部屋の扉と窓を全開にして、片付けを始める。
忘れてはいけない。
この会談のきっかけになった、散歩嫌いな犬のチェシィアさんを部屋の外に連れ出すのを。チェシィアさんは、どこかいたたまれなさそうにくぅん、と鳴くと、俺の足をひと舐めしてから自分から部屋を出ていった。ふむ、手間が省けた。
「さて、やるか」
別に、豚の角煮のために掃除するんじゃあない。
明後日には、大好きな友達が家に遊びに来るってさっき連絡が来たし、明日には掃除するつもりだったんだ。
要らぬ会談と、犠牲になったアイスの代償は、口の中でほろほろとろける甘じょっぱく、濃厚さを引き出す風味の豚の角煮だった。
さ、おかわりは二杯までにしておこうかな!
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