1.協定締結と角煮決戦

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 チェシィアさんは派手にやってくれた。  普段は俺の部屋には()れないのだが、俺が外出している間にこの部屋の扉が開いていて、中でチェシィアさんが遊んでいたのだ。  芳子(よしね)さんや妹の手でされたらそれりの報復を考えたが、チェシィアさんにされたとあったらしょうがない。  そこで見計らったようなタイミングでやって来た芳子(よしね)さん――今思えばやはり、彼女の策略だったのかもしれない。  俺はちょっと床に物が転がってるくらいの少しの散らかりから昇華した、ブラジャーやらショーツやら、の字に折れた制服の紺色のズボンやら、その上にぶちまけられたベッドの上で寝ていたはずの漫画たちに彩られた部屋の散らかりに腕をまくる。 「角煮決戦、その前線へ参る――!!」 ※※※※※  二時間くらいして、完全に綺麗になった俺の部屋は、ヴェルサイユ宮殿の一室に紛う壮麗さだった。  まあ、「部屋」という意味では、広義的には同じだよなぁ。  部屋を見回して、「よし」と呟いてからゴミ袋をまとめて玄関に置きに行こうとした、その時だった。 「いっつ!」  硬質な何かを踏んだのか、足の裏に鋭い痛みが(はし)った。ゴミ袋を放りだしてぴょんぴょん飛び跳ねていると、視界の端にそれは映る。 「手鏡?」  柄の部分に(つた)が巻き付いたような装飾がなされている、長さニ十センチ程度の臙脂(えんじ)色を基調とした手鏡のようだ。ちょうど柄を踏んだのだろう。  木製の枠にはまる鏡の中の俺の表情は、困惑に染まっていた。  手鏡を手に取って、ひっくり返したり遠ざけてみたり、じっくり眺めてみたりとしばらく調べたが、やはり、 「これ、俺の手鏡じゃない……」  買った覚えも貰った覚えもない、それは手鏡だった。  足が痛いから夢ではないだろう。頬をつねるまでもない。  さて、「突然現れる手鏡」を知っているだろうか。  少なくとも俺は知らない。  背筋を嫌な汗が伝う。ずっと見ていると引き込まれそうになる鏡の奥で、霊的な何かが動き出しそうな気がして、上擦った声が口の端から漏れる。滲んだ汗で、鏡を持っている方の手がじんわり熱くなる。  鏡像の俺が、その背景とともに微かに揺れる。半開きの、酷い色の唇だ。真ん丸の黒目が、身じろぎする。ごくり、と喉が上下に動くのが見えた。  変化のない状況に耐えかね、ジャージのズボンで手を拭ってから、鏡を撫でてみる事にした。そっと指を近づけて、引きっつった顔の俺に触れる。 ――その刹那、鏡面が眩く発光し、悲鳴を上げる俺を臙脂(えんじ)色の光が包み込んだ。
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