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残月:夜明けにまだ残っている月
「――カツキ…?電気もつけないでどうした?」
「古賀、さん…。―――お兄…ちゃん」
ぎくりと古賀の身体が強張ったように見えた。
「お兄ちゃん」
「――思い、出した…のか?」
こくりと頷き、呆然と立ち尽くす古賀を抱きしめた。
肩がびくっとなる古賀の身体。
あれから20年。
古賀に何でこんなに惹かれるのか、古賀の傍がなんでこんなに安心するのか。
当時より逞しい身体。
当時より低くなった声。
今も変わらない温もり。
今も変わらない優しい瞳。
今も変わらない優しい響き。
「古賀さん、俺、あなたの事が好きです。今も昔も綺麗で優しいあなたの事が大好きです」
「―――俺…は……」
「好きです。大好きです。愛してます」
古賀の心も身体も包み込むように抱きしめ愛を伝える。
「俺はお前も知ってる…通り汚れてる…。アレは俺が成人して奴の元を逃げ出すまで…続いた。行く当てもなく彷徨っているところを…この店のオーナーに拾われたんだ…」
「古賀さんは昔も今も汚れてなんかないです」
「そんなわけっ…!俺は何度もなんどもあんな野郎に貫かれて…嫌なのに何度もなんどもイかされて…っ」
俺の腕の中で震えながら叫ぶ。
その叫びは俺には「助けて」って言っているようにしか聞こえない。
「助けて」「抱きしめて」「愛して」
あの時の俺はあまりにも小さくて記憶を封じるという事で古賀さんから逃げてしまった。
だけど、今なら
「ねぇ、古賀さん空を…空を見上げてみて?何が見えますか?」
「―――月…が」
まるであの日の幼かった俺のように古賀さんが呟く。
「えぇ。月が見えます。俺たちの両親が居る月です。あそこから俺たちの事を見守ってくれてます。ただ、月と地球だから距離が遠くて…だからね20年もかかってしまった。まぁ数百年とか数千年後じゃないだけ早いと思わないといけないんですかね?」
そう言ってウインクして見せると古賀さんは瞳を揺らしながらふっと笑った。
「店にカツキが来た時、俺びっくりしたんだ。あんなに小さかったカツキが大きく成長して突然目の前に現れたわけだから、そりゃあびっくりもするよな。一目見てすぐ分かった。あの小さかったカツキだって。20年ぶりに会えて嬉しかったけど、一緒に居た奴がろくでもないとこの界隈でも有名な奴で、心配で仕方がなかった。だけど、何か事が起きなければ店としても何もできなくて、助けに入るのが遅くなってごめんな」
俺は「ううん」と首を左右に振る。
「あの後、媚薬で苦しむカツキを――他の奴に触れさせたくなかったから…。本当はあんな風になったら別の奴に適当に発散させる手伝いをさせてる。だけど、カツキだけは…嫌だったんだ。でも、カツキの綺麗な身体に俺なんかが触れていいのか…。だけど媚薬のせいで苦しむ姿が……エロくて堪らなかった…」
古賀の言葉にあんな事は俺だけだったんだと分かり、嬉しさに心が震えた。
「俺は本当にあなたの事が好きなんです。あなたは綺麗で俺が触れてしまうのはもったいないくらい。だけど、好きだから、愛してるからあなたが自分の身が汚いと泣くのならあなたの嫌な記憶を俺で上書きしてしまいたい。俺だけの記憶をあなたに刻んでしまいたい」
古賀は黙ったままただこくりと頷いた。
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