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孤月:寂しげに見える月
「見上げてごらん。何が見える?」
「お月さま?」
「そうだね。……が……て……いる……よ」
はっと目が覚める。
*****
最近繰り返し見る夢。
真っ暗な闇の中、俺は小さな子どもで。
いつまでも泣き続ける俺をどこかの誰かが膝の上に乗せて頭を撫でてくれた。そして夜空を見上げて言うんだ。
「見上げてごらん。何が見える?」って。
その人の顔も名前も声も…何も思い出せないし、後に続いた言葉もはっきりとは分からない。
これがただの夢なのか、過去に本当にあった事なのかさえ分からなくなっている。記憶が薄ぼんやりとしていて全てが曖昧だ。
もしかしたらあの人はおじいさんだったかもしれない。
もしかしたらあの人は女の人だったのかもしれない。
もしかしたらあれは俺ではなかったのかもしれない。
そもそもあんな事は言っていなかったのかもしれない。
全てが曖昧で全てが不確かだった。
だけど、ぬくもりが、膝の上に乗せられ寄り添う身体のぬくもりが、
頭を撫でてくれた大きな手のぬくもりが、
あれが現実に起こった事なんだと俺に訴えかけていた。
そして、その夢を見た後は決まって涙が俺の頬に跡を残していた。
ぐいっと手の甲で乱暴に涙を拭う。
小さかった俺も今ではすっかり大きくなってブラック企業で会社員、立派な社畜だ。
いつ寝たのかも分からないような生活。気を失うまでPCに向き合って何かを必死に打ち込んでいる。
今も無理な納期に抱えた仕事の山をなんとかこなしている最中で、ほんの一瞬意識を失っていたところだった。
時計を確認し、ほんの五分程だったと分かる。
もう何日家に帰れていないんだろう…?
家に帰っても誰がいるというわけでもないし、どうでもいいのだが。
はぁ…と大きく溜め息をつく。
同じ部屋のあちこちから聞こえるキーボードを打つ無機質な音。
カチカチカチカチカチカチカチカチ……
―――見上げた月に何があると言うんだ…?
窓の外の欠けてしまった細い月は何も答えない。
ただそこにあるだけに見えた。
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