洗剤では落とせない

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毎年、年末年始は実家に帰省していた。 帰省するまでの数日でさえ、彼と二人で過ごしていた。アラサー女子の一人暮らしとしては、ごくありきたりの過ごし方だろう。 今年は、一人きりの年末だ。 色々なことがあった。忘れられない一年だった。 一瞬だった気もするが、部屋の汚れは大掃除をしろと一年の経過を告げてくる。 汚れとともに、失恋の記憶も取り除ければいいのに。 そんな馬鹿なことを考えながら、私は重い腰を上げる。 「着色汚れをゴシゴシこするのは、時間の無駄だぞ」 彼がそう言って塩素系漂白剤を買ってきてくれたのは、たしか去年の年末だった。スポンジで力いっぱいこする私を見かねてのことだったらしい。 彼の言うとおりに水を溜めて、漂白剤を注いで薄めた。 軽くかき混ぜぽいぽいと食器を漬けていく私の手を、彼がふいに掴んで止めた。 「それは駄目」 彼は私の手からマグカップを取り上げると、元の場所に戻してしまった。 一緒に行った遊園地で、お揃いにと注文したデザートのスーベニアカップ。 思い出の詰まったコップをきれいにしようとすることの何がいけないんだと、私は頬を膨らませた。 「だってこれ、メラミン製だから。メラミンは塩素系漂白剤で黄色く変色するんだよ。だから、これは駄目」 そういえば、メニュー表にもメラミンカップと書かれていたような気がした。 そんなこと、私は気にも留めていなかったのだけれど。 じゃあ漂白は諦めないといけないのかと、私が肩を落としていると、 「酸素系なら大丈夫だから」 だからこれはまた後で。 結局、酸素系漂白剤も買ってもらった私は、その後も彼に教わりながら掃除を続けて、スーベニアカップもピカピカの輝きを取り戻した。 あれから数か月もたたないうちに会わなくなったため、ペアのカップは真っ白のままだ。 洗剤や漂白剤なんて独り暮らしではそう使いきれないし、こすって水洗いしていればそれなりに何とかなるので、それまではほとんど買っていなかった。 けれど、「洗剤は楽して時短で掃除するためのツールだから。面倒くさがり程、使う方が楽できるぞ」と笑って買い与えてくれた彼の置き土産が、洗面台の下に今も何本も残っている。 彼にコツを教わって以来、洗剤を使う方が楽なことを覚えてしまった私はもう、ただのこすり洗いには戻れない。 これから毎年、洗面台の下に並んだ洗剤のボトルを見ては思い出すのだろうか。彼のことを。 それはなんという皮肉だろうか。 今年は自室で食事をする機会が多かった。食器やコップも、なんだかいつもより汚く見える。 今年も私は、彼に教わった通りに桶に水を溜め、塩素系の漂白剤を注いで混ぜる。 ぽいぽいと食器を放り込んでいた私は、ふと手を止めた。 漂白する必要などないほどに、ピカピカのままのスーベニアカップ。 捨てることさえできなかったそのペアのカップを、束の間迷い、私は漂白剤に漬けた。 捨てる理由が欲しかった。
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