《同日、夜。ディアナ南区。ダグレス》

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《同日、夜。ディアナ南区。ダグレス》

 例の少年連続殺人事件が発生したと聞き、駆けつけてみれば、現場にいた第一発見者はタクミだった。 「あっ、ミラーさん。よかった。知ってる人がいて。今、刑事さんたちに事情を説明してたところなんですけど」  せまい路地には何台もパトカーが停車し、現場の袋小路をふさいでいる。サーチライトの照らす奥に被害者はよこたわっていた。  タクミとユーベルはその手前、袋小路の入口付近で同僚のビル・ゲージから聴取を受けていた。まわりを忙しく捜査員が行き来している。 「やあ。また殺人事件にかかわってしまったのか。君たちもよくよく因果だね」 「こっちはかかわりあいたくないんですよ? なんでこうなっちゃうかなぁ」  話していると、ビルが割りこんできた。 「おっ、なんだ。知りあいか?」 「ああ。以前の事件で、ちょっと」  そこで、ビルからタクミたちが死体を見つけたいきさつを聞いた。  そのあいだ、ユーベルはずっとタクミにしがみついていた。  ダグレスは仕事中だから、制御ピアスもサングラスも外しているが、この少年の周囲だけは、どうもESPの働きが正常ではない。  この少年を見るとき、苛立ってしまう原因の一つはコレだろう。タクミの心を読むことができないのは、彼がAランク者で、他者のエンパシーをさえぎるマインドブロックを習得しているからだ。なんの疑問もない。だが、ユーベルはいったい、なんだというのか。  そもそも人間は、神経回路に神経伝達物質を流すことで脳を働かせている。そのさいに使用しているのが微弱の電流だ。  他人の思考を読むためには、ESP電波でその回路に侵入するわけだが、これを防ぐために、頭骨内部につねに微量のESP電波を張りめぐらせておくのが、マインドブロック法だ。他者の電波が介入してきたとき、すみやかにそれを感知し、侵入者の電波を同じ周波数の電波で打ちけす。制御ピアスと同様の働きを自力でしているわけだ。  Aランク者なら、さらに特定の相手の念波をキャッチしたときだけ受けとることなども可能だ。以前、タクミが『アンテナを立てておく』と言ったのは、このことである。  ダグレスのエンパシーは正確には、Bランクよりは上だけど、Aランクより低いというあたり。マインドブロックを張ることはできるが、これするとすべての念波を遮断してしまう。Aランク者のように器用に周波数の選抜まではできない。  だから捜査中にエンパシーを使うときは、ガードなしの全開状態だ。このときユーベルを見ると、いつもそうなのだが、異常なものが見える。  相手がブロックをかけていても透視はできる。ブロックされている範囲が光って見えるだけだ。  タクミのブロックはごく基本的な脳髄をかこむ半円形。透視すると、光るヘルメットをかぶったガイコツが見える。東洋人なので二十代の男にしては華奢だが、まっすぐで歪みのないキレイな骨。細くても密度は高く、見るからに若々しい。透視の度合いをさげれば、内臓や筋肉が少しずつまとわれていく。ヘルメットのなかだけは見えない。  しかし、ユーベルはBランク者だ。なのに、この光が全身を包んでいる。透視すると、まるで光り輝く全身スーツに覆われているかのようだ。  ふつうはAランク者でもこんなことはできない。ましてや、Bランクというユーベルの能力がほんとなら、いつもこんなことをしていたら、彼は貧血を起こして倒れているはずだ。体内で生成できるESP電量は当人のコントロールランクにたいてい比例している。  しかも、ユーベルのブロックはそれだけではないのだ。全身スーツだけでも驚異だというのに、かつ、そこから無数の触手を放出している。  醜い巨大な光るイソギンチャクだ。周囲をさぐるように、つねに触手は伸縮し、くねくねとうごめく。一本の触手が体内に埋没すると、別のところから新しい一本が出てきて、まわりの人間の体をいやらしくなでる。  ブロックされたエンパシーなのだ。ブロックの内から無数に伸ばしたアンテナ。  Aランク者が一度にあつかえるアンテナはせいぜい二、三本だろうに、この少年はいつも無気味に数十本をうねらせている。特定の誰かの周波数にあわせたアンテナではなく、ランダムに周波数を変えながら、周囲の状態をさぐっているのだ。  そのアンテナでどれほど感じているのか知らないが、なにほどかの効果はあるのだろう。  自分に対して触手が伸ばされてくるたびに、ダグレスが不快感を示していると、二つの事象の関連性に気づいたように、触手はダグレスをさけるようになった。  誰もがこの少年を美しいと言うが、見ための端麗さとは別のもう一つの姿を知っているダグレスには、そうは思えない。  そうこうするうちに、ビルが説明を終えた。ダグレスに手招きして死体の検分にまじっていく。 「あのぉ、僕らはもう帰っていいですか? リリーちゃんがおびえてるので、早く飼い主さんに返してあげたいんです」  タクミが声をかけてくる。  タクミは自分の全身のあちこちに気味の悪い触手がからみついていることなど気づいていないようで、平然としている。もし、タクミがダグレスと同じ視界を持つことができたら、どう思うだろうか。タクミに対して触手はとくに執拗(しつよう)で、触手というより巨大なヒトデがベッタリひっついているように見えるのだが。 「もう少し待ってください。なんなら猫は警官に持っていかせます」 「それが、お母さんに会わせてあげると約束したので……そうだなぁ。じゃあ、ちょっとのあいだ電話使わせてください。飼い主さんに連絡とってみます」 「どうぞ」  タクミがテレビ電話をかけるのを見て、ダグレスは遺体のある袋小路の奥へ歩いていった。まっさきに周辺をエンパシーでさぐるが、少なくとも周囲二十メートル以内に犯人らしき脳波は感じられない。人を殺したあとの異常者の興奮した脳波なら、かなり明確につかめるはずだ。ないということは、近くにはすでにいないのだろう。 「あの二人の証言はウソじゃないな?」と、ビルが確認をとってくる。 「二人ともエスパーだ。ブロックしている。だが、タクミの人柄は保証する」 「まあ、サイコセラピストがウソをつくとは思えないからな」  サイコセラピストは性格が温厚、誠実でなければなることができない。協会の厳しい基準を満たしていなければ資格を得られないのだ。ゆえに、社会的にもっとも信用される職業の一つだ。  ダグレスはエンパシーでの探索をやめて、殺人現場に目を移した。  いつもと同じだ。容貌の整った十代の少年。心臓をナイフでひと突き。凶器は持ち去られている。かわりに、よこたわる少年のそば——今回は袋小路のつきあたりの壁に、子どもの落書きみたいなものがある。  血文字だ。  いつもそうなので、おそらく、今度も被害者の血だろう。  血の尾ヒレのしたたる禍々しい蝶の絵と、意味不明な数字とアルファベットの羅列(られつ)。最初の一文字は必ずアルファベットのBで始まっている。  これが、バタフライキラーの手口だ。  ビルがダグレスに問いかけてきた。 「この数字は何を意味してるんだろう?」  もちろん、ダグレスにわかるわけがない。ダグレスはエンパシストではあるが、サイコメトラーではないのだから。  サイコメトリーはエンパシーの一種だが、目の前のものから過去の映像を見ることができる。 「それはデイブを呼んでもらわないと」 「いや、どうせ今回もムダだろう。こいつ、すごく頭のいいヤツだ。かんたんにボロは出してくれない」  デイブはディアナシティポリスの数少ない超能力捜査官の一人。Bランクのサイコメトラーだ。現場に残された遺留品などから殺害状況を知ることができる。  だが、バタフライキラーは自身がエスパーなのか、犯行時に制御ピアスをつけているらしい。これをされると犯人の思念はピアスに吸収されて現場に残らない。  ビルはぼやいた。 「ヒントは自分の頭で考えろってことなんだろうな」 「ヒントなのか? これ」 「自己顕示欲の強い犯人がやるじゃないか。警察に挑戦してるつもりなんだ」  超能力捜査官のダグレスが現場でできることは限られている。目撃者や関係者に偽証がないか確認すること。証拠品や危険物の探知。あとは鑑識がせわしなく動きまわるのを傍観しているばかりだ。  ダグレスがタクミのところへ戻ろうとしたとき、ビルが肩を叩いてひきとめてきた。 「バタフライ野郎は子どものケツを追いまわす変態だぜ。なんでこっちをやって、あっちのカワイコちゃんはやらなかったんだろう? 暗がりと言っても、あの子は街灯の下に立ってたんだろ? あの子から犯人は見えなくても、犯人からあの子は見えてたはずだ。ターゲットを変えて、あの子をやろうとは思わなかったのかな?」  バタフライがユーベルを見逃したのは、たしかに解さない。キレイな少年というだけなら、ユーベルで充分だ。それをわざわざ遠まわりして姿を隠し、別ルートをとって追いかけてまで、目的の少年を狙うのは奇妙な話だ。 「犯人が狙う少年には、容姿の美しさのほかに、我々の気づいていない共通点があるのかもしれない」 「いい線かもしれないな。だとすると、あの呪文はそのヒントかもしれないぞ」  話しているところに、うしろから声がした。 「あのー、この近くにリリーちゃんのお母さんを飼ってる人のお宅があるそうなんですよ。その人が依頼人の友人なので、そこにリリーちゃんを預けてきます。五分ほどで帰ってきます」 「私が送ろう」  ダグレスは率先して、タクミについていこうとした。どうせもう現場でできることはない。  ところが、壁に描かれた血文字を見て、タクミはギョッとしながらも、つぶやく。 「ブースター01442か。デジットモンスターだったかなぁ? 67のカードってなんだろう」  思わず、ダグレスはつめよった。と言っても、いつものように視線はあわせない。 「君、あの数字の意味がわかるのか?」 「え? ちょっと、怒らないでくださいよ。すいません。殺人現場で不謹慎でした。あんまりピッタリあてはまるから……」  タクミが萎縮するので、ダグレスは声をやわらげた。 「責めているんじゃないんだ。どういうことか説明してほしい」 「いや、勘違いかも……」 「いいんだ。勘違いでも」 「えーと、じゃあ言いますけど、たぶん、ぐうぜんの一致ですよ」と、タクミは前置きする。 「BAj01442-067ですよね。大文字のBはブースターのことで、デッキセット専用はDなんです。そのあとの大文字はジャンルって言われるもので、一番大まかなカードの種類。Aはアニメーション全般。小文字は大文字について、大文字のカテゴリのなかでの詳しい区分です。区分のしかたはカテゴリによって違いますが、これはAjなので、ジャパニーズアニメですね。ハイフンの前の数字はカテゴリ区分のさらに細分化されたもの。じっさいに商品化されたときのブースターやデッキの種類がわかります。ここまでの記号が同じものがシリーズって呼ばれます。01442はデジットモンスターってアニメですね。ハイフンのあとの数字はシリーズのなかでカード一種類ずつにふられた製品番号です。つまりカードには一枚として同じナンバーはありません。マニアならナンバリング見ただけで、どんなカードのことか、だいたいわかります。僕は日本アニメしかわからないけど、CGクリエイターの作ったオリジナル映像ならクリエイターズでC。絵や写真はピクチャーでP。神話をモチーフにしたマイソロジーのM。映画はSとかね。ものすごい数のパックが出てますよ」  ダグレスとビルの声が思わずそろった。 「なんのことだ?」  すると、タクミは無邪気に笑う。 「やだなぁ。ホログラフィックスのことですよ。カードに入力されたデータを読みとって、立体ホログラフィーで戦うカードゲームがあるでしょ?」  ホログラフィックスは月の市民なら、たいてい子どものころに一度は遊んだことのある玩具だ。昔で言うトランプくらい普及し、なじみ深い。  言われてみたら、ブースターパックの袋にそんな数字が印刷されていたかもしれない。  なかにはホログラフィーの美しさが芸術の域にまで達しているカードもあり、大人にも熱心なコレクターがいる。そう言ったカードはオークションで高値で取引きされているということだ。 「しかし、血文字は今回で六回めだ。これまでのすべてがカードにあてはまるだろうか?」 「ダニエル、おぼえてますか? ダニエル・カーライル。この前の引っ越しパーティーに来てた。あいつ、カードコレクターなんですよ。ほとんどのブースターを全種そろえてるから、そうとう詳しいですよ。とくに好きなのはクリエイターズですけどね」 「これから彼のところへつれていってくれないか?」 「いいですよ」  闇のなかに飛びさった蝶の軌跡が、かすかに見えた気がした。
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