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《同日、午後十時半。事務所兼リビング。タクミ》
ダグレスの放心状態がとけ、脳波も平常に戻ったので、タクミは安堵した。
今日にかぎってダグレスは制御ピアスをつけていなかったらしい。見るつもりはなかったが見えてしまった。というより、ダグレスは自分では気づいていないようだが、物思いに沈みながらエンパシーを発していた。弱々しい救助のサインが届いてきたのだ。
(こんなに危なっかしいのになぁ。なんでこの人、刑事なんかやってるんだろ? ほっとけないよ、もう)
タクミも早くに両親を亡くしたが、エンパシストの三人の兄がなぐさめてくれたので、さみしい思いをしたことはない。もし兄弟が誰もいなければ、こうはいかなかっただろう。
パッチン。パッチン。パッチン。
衣装作りは順調。
ときおりキッチンのほうから笑い声が聞こえてくる。
気をとりなおしたようすで、ダグレスが口をひらいた。
「ところで、カーライルさん。教えていただきたいのはですね。やはり、この前の事件に関係していまして」
すると、エドゥアルドがふざけて割りこんできた。
「おっ、なんだ? ダニー。おまえ、警察の世話になってるのか?」
ダグレスがまじめに返す。
「いえ。カーライルさんは警察に協力してくださっているんです。この事件は明日から公開捜査に切りかわりますので、皆さんにも聞いてもらいましょう」
そう言って、かんたんに連続事件のあらましを述べた。
「カーライルさんの情報のおかげで、わずかですが事件が進展しました。あれからホログラフィックス関連に視野をひろげて捜査したところ、六人の被害者のうち少なくとも四人は、かなりのホログラフィックスマニアでした。それも、カーライルさんのようなコレクターではなく、バトルの勝敗に徹するバトルマニアです。友人の話では、毎晩のように勝負相手を探して、ゲームセンターをうろついていたようです。皆さんは賭けゲームをご存じですか?」
タクミたちは顔を見あわせた。
「勝負に勝ったほうが、負けたほうのデッキから好きなカードを一枚もらうゲームでしょ? 以前、それにからんで殺人未遂まで起きたので、法律では禁止されてますよね」
ダグレスはうなずく。
「しかし、子どもやマニアのあいだでは、裏ゲームと言って、今でもひそかに続けられている。被害者の少年たちは、それをやっていたふしがある。とくに悪質な何人かは、それを生活の糧にしていましてね。レアなカードを持っている相手を見つけては、バトルをふっかけてカードを巻きあげる。手に入れたカードは専門販売店で買いとってもらう。高額なプレミアのついたカード一枚で、ひとつきは遊んでいられたと仲間の少年が言っていました。ほとんどギャングですよ」
タクミは友人と好きなアニメキャラを戦わせたり、似たようなオタク仲間とオンラインで遊ぶだけだが、なかにはオタクのふりをして近づいてきて、レアカードの持ちぬしを物色する連中がいると話には聞いている。
ゲームセンターでは家庭用の映写機とは、くらべものにならない迫力のハイビジョンが楽しめる。そこでバトルしたいと持ちぬしを呼びだし、だまして裏ゲームに誘いこみ、カードを奪うのだ。
そういう詐欺をする連中は、オンラインで知りあいになったときはわざと負けて、カードに詳しくないふうを装うらしい。いいカモだと思わせておいて、じつはカモにされているのは自分だったというわけだ。
現在、裏ゲームはかなり高額の罰金が科せられるので、カードを奪われても、一般人は泣き寝入りするしかない。
「なるほどね。犯人はそういう少年に恨みがあるのかな」
「我々もその線で捜査しています。六番めの被害者は、死体となって発見される一時間前、仲間の少年に会っていて、そのとき、オンラインゲームで知りあった相手とバトルの約束があると言っていたそうです。スーパーレアを手に入れてみせると。どうも、その相手が怪しい」
タクミはハンドミシンの手を止めて考えた。
「以前、だまされてカードを奪われたから、今度はスーパーレアをエサに、逆にギャング少年を釣りあげてるってことかな?」
「でも、そんなことで見ず知らずの少年をかたっぱしから殺すかな?」と、ジャン。
それに答えたのは、エドゥアルドだ。
「わかんないぜ。コアなマニアなら、秘蔵の一品とられて、ぶち切れるかも。非売品なんか、めちゃくちゃな高額プレミアついてるのあるだろ?」
ダグレスが頭をひねった。
「高額なものだと、どれくらいになりますか?」
タクミたちはダニエルを見つめた。カードのことは、やはりダニエルが誰よりも詳しい。
ダニエルは愛するカードに対する不正な話がゆるせないのか、苦々しい顔をしている。
「さっきエドも言ったけど、品番の頭がNのやつ。つまり、NOT FOR SALEなんかは、五千や六千はあたりまえ。なかには五万ムーンドルなんてのもある。プロモ用にソフト会社が作ったプロトタイプとか。公式大会の上位入賞者にだけ授与された、世界に数枚しかないオリジナルカードとか。なかでもコレクター垂涎の的は、第一回公式大会の優勝賞品。幻のゴールドカードセット。あれなんか値段はつけられないなぁ。ムリにつけるなら二十万……いや、三十万出しても惜しくないマニアはいるね」
タクミは驚嘆した。
「うわぁ。三十万。家が買えるよ」
日本円にすると五千万円なり。
ダグレスもうなずいて、続ける。
「それほどのものではなくても、一万ムーンドルでも充分、腹は立ちますね。とすると、犯人は奪われたカードをとりかえそうとしているとも考えられる。殺された少年たちの所持品にカードはありませんでした。犯人が持ち去ったのでしょう。現在、私服刑事がゲームセンター付近に目を光らせていますが、違法行為の少年ギャングがひっかかるばかりで、本命はなかなか。それで先日の話で、カードコレクターは仲間とネットワークでつながっているとおっしゃっていましたね? もし、詐欺被害にあって悔しがっている人物がいたら、教えていただけないでしょうか?」
ダニエルは神妙に腕を組んだ。
「うーん……まあ、やってはみます。が、コレクターの数は多いですからね。僕だってその全員と知りあいってわけじゃないですし」
「犯人の行動範囲から考えて、ディアナ周辺の住人であることはわかっています。警察はカード販売店をあたって、コレクターの情報を求めていますが、ネットオークションで購入するという手段もありますからね。個人コレクターのすべてを網羅するのは難しい」
タクミは知恵をしぼった。
「それなら、今度のサマーフェスタにミラーさんも来てみたらどうです? 会場の一画で、毎年恒例のホログラフィックス公式大会があるんです。それにともなってレアカードのオークションなんかもあるから、カードマニアが集まるんですよ。僕らといっしょに行きましょう」
ちょっとのあいだ、ダグレスは返答につまった。
オタクと思われるのがイヤだったのだろうか?
「……そうですね。そう聞けば、刑事として行かないわけにいきません」
「いろいろ案内しますよ。ダニーも行くし」
「では、お願いします」
タクミも気になっていたことを聞いてみる。
「それにしても、現場に残された天使のカードの番号って、なんのメッセージだったのかな」
「まだ、その謎は解けていません。動機から警察の目をそらすためのフェイクかもしれませんね」
しかし、目くらましならカードとは無縁のことを書けばよさそうなものだ。なまじっかカードに関することなど書き残したから、少年たちがカードギャンブラーだとバレてしまった。
(うーん。どうも犯人の意図がわからないなぁ)
そんなことを話しているうちに、女の子たちが天の岩戸をひらいてやってくる。和気あいあいとコーヒーブレイクをすごし、夜はふけていった。
「ああ、もうこんな時間。残念だけど帰るわ」
ミシェルが時計を見て言いだす。
「あ、じゃあ、おれ送るよ」と、ハンドミシンをなげだして、ジャンが立ちあがる。
「何言ってんの。方向違うじゃない。あんたはノーマ送ってやりなさいよ」
「ノーマだって方向違いだ。いいから送ってやるよ」
ミシェルは両親が離婚したときに、母が慰謝料の一部として夫から譲りうけたアパルトマンが東区にある。そこに母と同居していた。リラ荘からだと徒歩で五分ほどだ。
しかし、ジャンは怒った。
「バカ。いかれた連続殺人犯がウロついてんだぞ。女が夜に一人歩きなんかすんな。送るって言ってるんだよ」
タクミは苦笑した。
この二人は似た者同士でよく口ゲンカをするが、はたで見ているとすごく釣りあいがいい。見ためも美男美女で、すらりと背の高いミシェルと、抜群にスタイルのいいモデルのジャンがならぶと、ファッション雑誌の表紙みたいだ。
さすがに鈍感のタクミも、ミシェルが自分に気があるらしいのは察していた。
でもそれは苦しいときにセラピストとして力になったタクミに、擬似恋愛感情をいだいているだけだ。同じことはユーベルにも言えるのだが、ミシェルも早くそれを脱して、ジャンの気持ちに気づいてやればいいのにと思う。
「殺人犯が狙ってるのは男の子でしょ」
「わかんないだろ」
言いあいはあったが、けっきょく、ジャンがミシェルを、ノーマとシェリルはエドゥアルドが送っていくことになった。一人、中央区方面のエミリーがぽつんと残る。
「私も中央区だ。私でよければ」
ダグレスが言ってくれたので、タクミは彼に任せることにした。エミリー以外の女の子とユーベルが口元をゆるめたような気がしたが、タクミにはその意味を解せなかった。
客たちがひとかたまりになって玄関を出たときだ。
「何よ、これ。誰か変なもの落としてるわよ?」
「花じゃないか。落とし物じゃないだろ。わざと置いたんだ」
「悪かったわね。みんなの足でよく見えなかったのよ。シェリル、はしっこ、ふんでるわよ」
「やだ。どうしよう」
にぎやかな声が聞こえてくるので、タクミものぞいてみた。シェリルが足元の花と封筒をひろいあげているところだった。
青い薔薇が一輪。
遺伝子組み換えで二十一世紀に造られた品種だ。たしか正式な品種名はブルー・ブラッド。西洋では高貴な血筋を青い血というらしいから、貴婦人をイメージしての命名だろう。
電子ペーパーの封筒には、宛名も差し出し人の名前もない。
「なんか気持ち悪いわね」
「すてちゃいなさいよ。タクミ」
「おまえ、妬いてんだろ。タクミにラブレターかもしれないからさ」
「違うわよ。差し出し人不明なんてイヤじゃない。紙片爆弾とかだったらどうするの?」
ここでもミシェルとジャンが言いあう。が、それはないだろうとタクミは考えた。爆弾テロにしては狙いどころが的外れすぎる。ただのオタクの集まりだ。
ミシェルが封筒をダストシュートになげこもうとする。
タクミはあわてて止めた。
「待って。仕事の依頼かもしれないから」
タクミが封筒をとりあげると、ダグレスがうなずいた。爆弾などの危険物ではないことを透視で確認したのだろう。
タクミは安心して封をひらいた。なかには一枚のグリーティングカードが入っている。白地に黒枠。まんなかに大きく黒い蝶のイラスト——
(これって、バタフライ? まさかね……)
じわじわとこみあげてくる不安を、タクミは抑えることができなかった。
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