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《同日正午。サファリランドホテル203号室。ユーベル》
昼食のあいだ、話題はタクミのカードバトルのことで持ちきりだった。
「タクミ。なんかスゴイ勝ちかたしたんだって? 聞いたわよ。ガマル・ゼビ、会心の一戦だったって」
「いやぁ。会心のって言うより神風アタックだったけどね。しょっぱなにカウンター攻撃で主力のフリーダンが堕ちちゃってさ。百一式とザザービでなんとか応戦してたんだけど、それも堕ちて、もうゼクしか残ってないんだよ。ゼクばっかり十体。それも量産型ね。手札に血のバレンタインがあったから、特攻かけるしかないと思って、場のパワーチャージしてたんだけど、あれってパワーマックスじゃないと使えないんだよね。あと一撃でゼクも全滅だってときに、パワーレベルが一段階低かったんだ。マックスにしてアタックかけるには二ターン必要だから、どうやっても次のターンで負けるとわかってるんだよね。もうダメだって思ってカード引いたら、ダブルムーブカード出てさ。ほんと、涙ちぎれるほど嬉しかったなぁ。すかさず血のバレンタイン使ったよ。いやぁ、神様に感謝!」
このアニメはユーベルも何度も見せられたから、タクミの言わんとすることはわかる。要するに敵の戦艦に対して、ピストルを持ったその他大勢の歩兵しか残っていなかったわけだ。
その状態で勝てるのだから、まさしく奇跡だ。タクミはこういうとこだけムダに運がいい。別の方面の運をここで食いつぶしているんだと思う。たとえば、恋愛運とか。
(ほんと、恋愛だけはタイミングつかめないんだもんね)
以前、タクミが好きだった女の子にふられたときのことを思いだして、ユーベルは苦笑した。
タクミは気づいていなかったみたいだけど、ほんとはその子の気持ちもかなりタクミに傾いていた。二回あったチャンスを、タクミは二回とも自分でつぶしてしまっている。純粋できまじめな可愛いニブチンさんだ。
(そういうところが、タクミらしくて好きかな)
くすくす笑っていると、
「何? ユーベル。僕が勝ったこと喜んでくれるの?」
ニブチンさんは上機嫌だ。
「うん。よかったね。オプションカード手に入って」
「そうなんだよ。どうせ十位入賞はムリだから、明日の本戦は参加に意義だね。午後からはみんなで遊べるよ」
ランチがすむと、全員で表へ出ていくことになった。
「私たちまでご馳走になって悪かったな。午後はおジャマせずに別行動をとるよ」
ミラー刑事が仲間の刑事と廊下へ出ていこうとすると、追いかけるようにダニエルも立ちあがった。
「オークション会場でしょう? 僕も行きますよ」
「場所はわかったから、迷惑ならかまいませんが」
「どうせ目的地は同じですよ。空き時間には午後の予選を見て、ライバルのデッキをチェックしておくんです。ものによっては、こっちも有効なカードを組みなおしておかなければならない」
ミラー刑事の目が一瞬、ピカリと光ったように思った。今日はいつもほど濃い色ではなく、薄く紫色のついたサングラスをかけているので、瞳の動きがよく見える。あざやかなラピスラズリの瞳の色が冴えて、三割り増しハンサムだ。以前から、暗いけど顔だけはいい刑事だなとは思っていた。
心のなかにユーベルと同じものをかかえこんでいるので、エンパシーでふれたとき念波が痛い。エンパシストは他人の心の痛みを自分のもののように感じてしまうから、この人は苦手だ。
それにどうも、むこうもユーベルのことを嫌っているらしく思える。ユーベルが細心の注意でブロックしつつ、どうしても洩れてしまうエンパシーで、この人の機嫌をうかがっていると、たいてい感づいて不愉快げになる。
あまりお近づきになりたくないのだが、刑事のほうがタクミの魔法に吸いよせられてくるので、タクミのオプションであるユーベルにはさけようがない。
「これからが楽しいのに。と言ってもミラーさんたちは仕事だから、しょうがないか。あんまり案内できなくてすみません」と、タクミが律儀に頭をさげる。
「いや、充分ですよ。助かりました。夜はそのまま帰るから、ここでお別れだ。明日はちょくせつカード大会場に行きます。私たちのことは気にしないでくれ」
刑事はチラリと、昼食の片づけをしている女たちのほうを見た。とくに、そのなかの一人を見つめる。
ユーベルはピンと来た。
タクミと違って、この方面にはとにかく鋭いのだ。
(ふうん。刑事、人並みに男なんだ。よかった。ライバルが一人減って)
こんなことを言うとタクミに叱られそうだが、本音を言うと、ミランダが死んだことでさえ、ユーベルはラッキーだったと思う。ライバルは少ないほうがいい。
(そう言えば、昨日、うっすらと、あの夢を見たような……? 昨日はピアス二つつけたまま寝たから、感度が低かったけど)
ぼんやりとおぼえている。
ホテルの廊下をみんなで歩いていた。誰かが忘れ物をしたと言いだして、みんなから離れてひきかえしていった。
女……たぶん、ノーマだ。品の悪いCランクのエンパシスト。
能力が不安定だから見えてしまったんだと言って、他人の秘密をかぎまわっているけど、それならいつも制御ピアスをつけていればいいのに、そうはしない。法律では、Cランクのエスパーは、つねにピアス装着が義務づけられている。
あれはわざとつけ忘れたふりをしているのだ。彼女は盗み聞きが大好き。へたをすると、エンパシーを使った盗聴犯として、捕まえられる側になっている。
やりかたが巧妙なので、今のところギリギリ法律に抵触してはいない。が、ミランダのことだって、ノーマがミシェルの秘密をみんなにバラしさえしなければ起こらなかった。そう思えば、わりと悪質ではある。
ノーマはユーベルにも何度か盗聴をしかけてきたし、本命のタクミにはしょっちゅうアタックしているが、むろん、Aランクの壁に阻まれている。彼女の意識的盗聴にタクミは気づいていないか、ノーマはウッカリ屋さん、と信じこんでいる。
タクミ以外のメンバー、とくに女たちは、ノーマのウッカリに不信をいだいているようだ。
それでも深刻な口論に発展しないのは、ノーマに言語障害があるからだ。ディスレクシアである。日常生活にはなんの支障もない。ふつうに話せるし、ふつうに聞きとれる。ただ、人より単語をおぼえにくく、文章を書くことが苦手なのだ。
先天性の脳の障害によるもので、体のほかの部位のような遺伝子治療が難しい。クローンの脳細胞を移植しても、現在までの記憶に弊害が出る恐れがあるため、手術は見送れている。
通常、こういう先天性の障害は、ゲノム編集されたデザイナーズ・ベイビーなら、設計の段階でとりのぞかれる。しかし、ノーマは自然交配で生まれた。
幼いころから言語に対してコンプレックスともどかしさを持つノーマは、つい便利で手軽なもう一つの言語に頼ってしまう。
それがわかっているので、誰もあえてノーマを責めることはない。あたりまえの神経の持ちぬしは、ノーマの事情を知ると、多少のことは大目に見なくちゃと思うようだ。
ユーベルはあたりまえの神経の持ちぬしではないので、エンパシーを使ったのぞき魔みたいな彼女が、まといつくハエのように、うっとうしかった。
では、自分はどうなのだ、あの夢に寄生するクセは——と問われれば、好きでやってるんじゃない、夢のほうがひっついてくるんだとしか言いようがない。あれ以上は抑えようがないと。
それに、あれでわかるのは、せいぜい喜怒哀楽だ。記憶や思考まで読んでいるわけではない。ノーマと自分は違う。だから、自分はタクミに軽蔑されるような人間ではない……と、ユーベルは思っていたいのだが、ほんとにそうなのだろうか?
異常者にさらわれて、ひどい暴力を受けることがあたりまえだった日々。
いつもまわりの大人たちの機嫌をうかがっていた。相手の考えを表情や仕草から先読みして、意にそうように行動した。少しでも苦痛をさけられるように。
自分はとても勘のいい子どもで、たいてい、それはうまくいった。
あれは今にして思うと、無意識にエンパシーを使っていたのではないだろうか。
そうやって相手の感情を読むことだけが、幼いユーベルにできる、ゆいいつの生きのびる手段だったから。
そのときの方法を今も無意識におこなっているのだとしたら、ユーベルとノーマは同じだ。まったく同質のことをやっている。ノーマを軽蔑するのは、自分を軽蔑すること。
もしかしたら、ユーベルは自分のイヤなところを見せられる気がして、ノーマのことを好きになれないのかもしれない。
昨夜の夢のことを考えるうちに、ずいぶん深く思案にふけっていた。気がついたときにはエレベーターの前だ。
「やだ。お化粧品、忘れた。とってくる」
とつぜん、ノーマが言って、かけだしたので、ユーベルは物思いからさめた。
その瞬間に昨夜の夢のなかで聞いた、かすかな悲鳴を思いだす。
昨夜の夢は全体にあいまいで切れ切れだった。でも、これまでの予知夢がすべて現実になったことを思えば、あの悲鳴も、きっと……。
悲鳴。階段。救急車……?
事故だ。ノーマが階段から落ちて、そして——
(死ぬ……?)
ユーベルは何も知らぬげに仲間たちと談笑しているタクミを見あげた。
(どうしよう。このままほっとけば、ノーマは死ぬ。うっとうしいライバルが一人いなくなるんだ。あんな盗み聞き女、どうだっていいじゃない。いなくなれば清々する。そりゃ、タクミなら助けようとするだろうけど……)
もし、ユーベルが見殺しにしたことを、タクミが知れば……。
——なんで言ってくれなかったんだ。ノーマのこと。知ってたんなら、なんで!
タクミなら、きっとそう言う。涙を流してユーベルを責め、自分を責める。
ユーベルにそんなことをさせてしまったのは、自分の力不足だと言って、サイコセラピストを辞めてしまうかもしれない。
タクミが苦しむところは見たくない。
こんなことは初めてだ。生きのびるために、どんなイヤなことだってガマンしたし、自分以外の誰かが傷つけられても無関心だった。でも、今、それができない。
ユーベルは自分で意識するまもなく、ノーマを追っていた。走りながらピアスを一対、外す。
「ああ、ユーベル、どこ行くの?」
ビックリしたようにタクミがついてくる。が、それにもかまわず、ユーベルは全速力で廊下を走った。
(夢で見たのはどっちだった? あの廊下? それとも、こっちのまがりかど? 大丈夫。落ちついて。ノーマの部屋とエレベーターのあいだにあった階段と言えば……)
とつじょ、ひらめいた。
(あそこだ! 非常階段)
部屋と部屋のあいだに薄暗い非常階段があった。
ユーベルが急いでそこにむかったとき、廊下のさきで悲鳴があがった。ノーマの声だ。
夢中で走る。
目の前でノーマが落ちていく。
急な非常階段にはクッションになるものは何もない。
ユーベルは走りながら念をこらした。念動力でノーマの体を受けとめる。つけたままの二対のピアスが、ユーベルの力をかきけして、いつもより力の伝導が遅い。それに力じたいも弱い。
全身の血が急激に失われたような、ずっしりと重い疲労感に見舞われ、ユーベルはその場に倒れた。タクミの腕に抱きとめられる。
階段の下を見ると、どうにかノーマは無事、床に着地していた。しりもちをついたようなかっこうで、ポカンとしている。
夢で見た情景とはハッキリ異なっていた。
未来を変えたのだ。
運命をねじまげることに成功した。
ユーベルは疲れきって、タクミにしがみついた。
「ユーベル、大丈夫かい? ノーマ、君もケガはない?」
そこへ遅れて、ジャンやエドゥアルドがやってくる。彼らが階段下のノーマを見つけ、介抱にむかう。
放心していたノーマはわあわあ泣きだして、何やらわめくものの、恐怖のあまり言葉になっていない。
だが、あの感じならケガの心配はない。どっちかって言うと、ユーベルのほうが体力を使いはたしてしまった。
(やっぱり、ほっとくんだったかな。なんで、おれが嫌いなノーマのために、しんどい思いしなくちゃいけないんだろ?)
そう思ったが——
ふと見あげると、タクミが笑っていた。タクミは何も言わず、ユーベルを抱きしめてくれた。彼の胸はとても、あたたかい。
これまで感じたことのない充足感をおぼえた。
そのまま、意識は遠くなっていったけど……。
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