《同日午後三時。リラ荘。ユーベル》

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《同日午後三時。リラ荘。ユーベル》

 遅刻したぶん、予定が遅れて、検査が終わるのに午後までかかってしまった。  そのあと、安くてボリュームのあるファーストフード店でピザを食べた。手軽なのはいいが、ファーストフードばかりでは飽きがくる。夕食は誰かが作りにきてくれたらいいのにと思う。  タクミのまわりをうろちょろする女たちはジャマだが、競いあって料理を作りにきてくれるのは助かる。  タクミと二人だと、スクランブルエッグとトーストとか、カップ麺しかレパートリーがない。  たまに日本から食材が送られてくると、タクミがミソスープを作ってくれるが、ユーベルの口にはあわなかった。タクミ自身がグランマみたいにいかないなぁと首をひねっているので、もしかしたらタクミの腕に問題があるのかもしれない。 (そうだよね。おれが女になったら、ライバルにばっかりいいとこ見せられるわけにいかないんだから、料理くらいできるようになっとかなきゃね)  昨日また病院に行って、クローンの自分を見せてもらった。三ヶ月前に見たときとは、くらべものにならないほど女の子らしくなっていた。もう十二歳。胸もふくらみ始めていたし、プラチナブロンドの巻毛が腰まで伸びて、バービードールみたいだった。あれなら、タクミもオッケーと言ってくれるに違いない。  タクミの好きなのは、手足はほっそり華奢だけど、胸は大きく、ウエストはくびれて、腰は細め。ぱっちりと目の大きなキュート系美少女。ボンドガールやプレイボーイのグラビアみたいなお色気むんむんのセクシー美女より、だいぶ、あどけない。  それを考慮に入れると、一年かっきりで十六歳まで成長させるより、十四、五歳で充分だろうか。西洋人の十五歳は、東洋人には二十歳くらいに見えてしまうこともあるようだ。  事実、タクミは今年で二十七歳だというのに、いまだに二十歳になりたてのようにしか見えない。  ただし、タクミは東洋人のなかでも特別仕立ての童顔なのようだ。タクミの日本人の友達は、あれほど異様に幼く見えるわけじゃない。あのユーマという男なんて、タクミより年上だと思っていたら、五つも年下だった。  とにかく、昨日も例の件を、ラリック医師に断りそこねてしまった。どうにかして早く切りださないと、だんだん期限が迫ってきた。  しかし、どうやって、あの強引で、なんとなくモノマニアックな医師に対して言いだしたらいいだろう。  そんなことを、病院を出てから、ずっと考えていた。  タクミはタクミで、ときおり、ユーベルのことをチラチラ見ながら思案しているし、自宅へ帰るまで終始、無言。  リラ荘に帰ったのは三時すぎだ。エントランスホールに入ったところで、一階にある管理人室から出てきた刑事に出会った。今日はサングラスを外しているので、任務中だとすぐにわかるミラー刑事。それとゲージ刑事の二人だ。 「やあ、トウドウさん。ちょうどよかった。もう一度、くわしく今朝の状況を聞こうと思っていたところです」  刑事たちにタクミをとりあげられてしまった。しばらく、三人が立ち話するのを、かたわらでなんとなく聞いている。 「……そうですか。やはり姿を見ていないのですね。それどころか、いつ置かれたかもわからない」 「すいません。今日にかぎって寝坊したもんだから」 「いや、謝ることはないんだが。昨夜から今朝にかけての表口の防犯カメラをチェックしました。ここはその時間帯、裏口は締め切りだそうですね。ですから、花を持ってきた人物は表口を使うよりない。しかし、予想どおり、不審人物は映っていませんでした。住人の誰かではないかとも思えるのだが……」  何かをふくんだような、ミラー刑事の声。 「住人ねぇ。そういえば、引っ越しの日にも、誰が贈ってきたのかわからないブルーブラッドの花束が置かれてたっけ。あのときは花束だったから、隠すにしても、かなり大きなカバンでないといけなかっただろうし、だいぶ目立ったはずですよ。あのときの防犯カメラの記録が残ってたら——」  タクミの言葉は、ダグレスにさえぎられた。 「待ってください。花束って、なんですか?」 「あっ? そうか。ダグレスは知らないのか。あの花束が置かれてたの、ダグレスが来るより前だったっけ?」  タクミの説明を聞いて、ミラー刑事は愕然とする。 「私が行く前に、そんなことがあったのか。なぜ教えてくれなかったんだ」 「や……忘れてて。今ふっと思いだしたんです。そっか、もっと早くに言っとかないと、防犯カメラの記録、消されちゃってるかも——」  ダグレスはもどかしそうに首をふった。 「それどころじゃない。わからないのか? これまでバタフライがユーベルくんに執着するのは、犯行現場で出会ったため、つまり姿を見られたと勘違いしたせいだと考えてきた。だが、君の話がほんとなら、バタフライはそれ以前に、すでにユーベルに目をつけていたことになる。六件めの殺人は七月なかば。君たちの引っ越しは、それより二週間以上も前だった」  あッと声をあげ、タクミも考えこむ。 「そうか……そうなんだ。うん。たしかに」 「今まで、あの六件めの殺人のとき、なぜ犯人がユーベルの前に姿を現さなかったのか疑問だった。それでわかった。犯人は、ユーベルがすでに見知っている人物だからではないのか? 犯人は標的の一人と定めて、ユーベルに接近しつつあった。あの場で顔を見られるのは、ヤツにとってすこぶるマズイことだった。ユーベルがエンパシストだということも知っていたんだろう。エンパシーで人を呼ばれることを恐れて、ひきかえしていくしかなかった——そういうことだったんじゃないだろうか?」  タクミはうなり声をしぼりだした。 「バタフライが僕らのまわりの人間かもしれないとは、前にも話したけど……やっぱり、そうなんだ。でも、それなら、なんでユーベルを狙うんだろ? たしかに、さっきのダグレスの推理には信憑性がある。事実だと思う。でも、ユーベルはカードギャンブラーじゃない」 「それはまだ一考が必要ですね。しかし、これで犯人がしぼりこまれてくる」  タクミや刑事が興奮して話しているので、会話がユーベルにもしっかり聞こえる。  自分が連続殺人犯に狙われているらしいことは知っていたが、それが身のまわりにいる誰かだと思うと、さすがに気味が悪かった。 「見張りを強化し、あなたがたの部屋に防犯カメラをとりつけます。それと、カードのことで聞きたいのですが……」  そこでまた会話は小声になった。 「——ああ、デッキを調べるなら、ゲームセンターの対戦記録を調べたらいいですよ。使用されたカードがわかります。盗まれたデッキの内容もわかるかも」と、タクミが答える。 「なるほど。そんな調べかたもあるのか」 「公式戦なら全部、記録に残ってるけど、ゲーセンだと、いいかげんなとこもあるかも。絶対とは言えないけど」 「とりあえず、あたってみます」  そのあと、ユーベルたちの部屋の前には、カメラがとりつけられた。ドアの上部と廊下の手すりに一つずつ。小さなピアスをつきさしたようなもので、ほとんど仕掛けられていることに気づけない。カメラをとりつけると、刑事たちは去った。  すると、タクミが急にあらたまった口調で言う。 「ユーベル。話があるんだけど」  ユーベルにとってイヤな内容だと、ピンときた。 「わかってるよね? 今、君は危険なんだ。一人で出歩いちゃいけないんだよ」  昨日のことか。  どうやってごまかそう。  そう考えていると、タクミの携帯が鳴った。
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