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《同日午後七時半。T・T事務所。タクミ》
バタフライをつきとめる。
タクミはそう決心し、ダグレスを電話で呼びよせた。
やってきたダグレスは不機嫌のようだった。というより、深く気落ちしていた。
タクミが渡したアムールのカードをいちべつして、ダグレスは吐息をついた。
「捜査がふりだしに戻りました。ブルーノたちに恨みを持っている他のコレクターを洗っていますが、ムダになるかもしれません。やはり殺人現場に残されたカードの番号は、捜査を攪乱するためのトラップだったようです。我々は見事に、それにハマっていたようだ」
なんとなく、ほかのことを言いたそうな目をして、ダグレスは事務的に捜査状況を語る。
「ダニエルは白でした。彼の証言はすべて真実だった。嘘発見器よりはマシな、Bランクのエンパシストの確認ですがね」
なげやりな口調のダグレスを、ともかくソファーにすわらせる。やっぱり、今日のダグレスの態度はおかしい。
「ダニエルが白って、なんのこと? なんか、ちょっと僕が落ちこんでるあいだに、だいぶ事件が進んじゃってるみたいだけど」
「行きつくさきが袋小路だとわかったという点では、まあ、進展的後退でしょうね」
ダグレスは気をとりなおしたように、進展的後退のすべてを説明してくれた。殺された二人組みの詐欺の手口から、ダニエルにかかった嫌疑にいたるまで。
「ふうん。そうなのか。一日で、そんなにたくさんのことがわかったのか。警察ってスゴイなぁ。悲観することないよ、ダグレス。たとえ犯人の仕掛けた罠だとしても、その捜査力で一つずつ解除していけば、必ず正解にたどりつくんだから」
「そうだといいが」
「それにしても、ダニエルがそんなことを……知らなかったなぁ。そう言えば、約束だからって、マーティンに会わせようとすると、いつも理屈をつけて先延ばしにしてたから、変な感じはしてたんだ。あれって自慢のアムールをとりもどすまでの時間かせぎだったのか。それで、ダニエルはどうなったの?」
「釈放されましたよ。殺人事件には無関係だとわかりましたから。詐欺行為に関しては脅迫されていたことなので、執行猶予がつくでしょう」
それを聞いて、タクミは少しホッとした。
「それならよかった。ダニエルは気が弱いからなぁ。おどされたら言いなりになるしかなかったんだろうなぁ」
ダニエルが暴力やおどしに弱いことを、タクミはずっと前から知っていた。彼のカードバトルのやりかたを見ただけで、それがわかる。
ダニエルはタクミのことをカード運がいいと言う。が、タクミに言わせれば、ダニエルが弱気すぎるのだ。慎重で手堅いと言えば聞こえはいいが、大事な一手で勝負に出られない。だから、じわじわ追いつめられていく。けっきょく、リスクを負うことが怖いのだ。
「ねぇ、ダグレス。なぜ犯人は今になって、僕のところへカードなんて送ってよこしたんだろう。このカードは、きっと、ユーベルのことなんだろうね。血文字のかわりにカードそのものを送ってきたんだ。現場に残された血文字がトラップだったとしてもだよ。このカードを送ってくることで、トラップが完全になるってことだろうか?」
「警察が自力でカーライルさんに到達しないときの布石かもしれない。彼が奪われたカードを送ってくれば、いくら警察が鈍くても、そのカードからカーライルさんにたどりつく。バタフライのための隠れ蓑だ」
「そうだよね。どう考えても、ダニエルは利用されてるよね。もしかして、このカードが僕から警察に渡るより前に、ダニエルが逮捕されちゃったのは、犯人の誤算だったんじゃないかな。だって、ダニーが警察で取り調べを受ければ、無実だってことはすぐにバレる。ダグレスみたいな超能力捜査官もいるんだし。それじゃカモフラージュの意味ないよ。犯人にとって理想的な決着は、疑いが濃厚なうちに、ダニーが事故か自殺で死んでくれることだ。この犯人って、最初から感じてたけど、すごく頭がいい。完全犯罪を狙って、ダニエルのことも殺すつもりだったんじゃないだろうか」
タクミは考え考え、ゆっくり話した。ダグレスがその言葉をかみしめるように耳をかたむけている。最初、タクミをさけているように見えたのは、気のせいだろうか?
「犯人が知能指数の高い人物だという意見は、早い段階で捜査本部のなかにもあった。ということは、やはり、血文字はフェイクか」
「ここまで来たら、そう考えたほうが自然じゃないかな。警察はまだカードコレクターを疑ってるみたいだけど、僕は違うと思うよ」
「なぜ、そう断言できるのです?」
「単純なことだよ。犯人がカードコレクターなら、七万ムーンドルもするようなスーパーレアなアムールのカードを、僕に送ったりしない。これまでどおり、現場に血文字ですむことだった。本命らしい演出がしたいなら、青薔薇の一本でも置いとけばいい。アムールはネコババしちゃうよ。自分が持ってなければ絶対だし、持ってたとしてもだよ。すでに自分が持ってるから、高価なアムールを惜しげもなく使いすてにできるんだって勘ぐられたくないって考える。コレクターなら、カードに対しては、それくらい敏感になるんじゃないかな?」
「なるほど。そうかもしれない」
「だから、犯人はカードになんて、これっぽっちも興味のない人間。それに、もしかしたら、お金持ちなのかな。それか、お金以上に深い意義が、この一連の殺人にこめられているのか。とにかく、ユーベルのときにかぎって、犯人が血文字でなく本物のカードを使ってきたことに、すごく重大な理由があると思うんだ。このカードをさぐっていけば、当然、まずはダニエルにひっかかる。でも、それはさっきも言ったとおり血文字ですむことだから、ダニエルに注目させるためじゃない。とすれば、もっと根気よく調べれば、犯人にとって都合のいい何かが明らかになるんじゃないだろうか?」
「犯人があえて警察に知らせたい事実があるということか」
「うん。ほんとは警察がダニエルにたどりつくまでに、もう少し時間のかかることが、犯人の予定だったとしたならだよ。そのあいだに別の事件を起こす計画を立ててたんじゃない? このカードをきっかけに、白紙状態から、ダニエル犯人説に到達するには、警察はどのくらいの時間を要しただろう?」
「犯人はブルーノたちがデッキの記録が残るような良識的な店でも遊ぶとは思ってもみなかったのだろうな。送られてきたカードが天使だということは、ひとめでわかる。だが、この時点でブルーノのデッキの内わけを知らなければ、まずはアムールの持ちぬしを探そうとする。オークション関係者からダニエルが落札したことをつきとめるまでに二、三日。このとき、ダニエルにアムールを見せろと言っても、秘蔵の品だから見せられないと言われれば、警察に強制力はない。ブルーノたちとの共謀詐欺が立証され、逮捕状が出るまでには、さらに一週間は」
「じゃあ、少なく見積もっても十日だね。それだけあれば、数件の殺人を犯すことだってできる。犯人の予定では、ここからが最終ステージだったはずだ。ダニエルが逮捕されたこと、ニュースで報道された?」
うなずくダグレスを見て、タクミはガッカリした。
「そうなんだ。犯人にダニエルが捕まったこと、知られちゃったんだ」
「バタフライ事件の容疑者としてではないが、ホログラフィックス公式戦上位入賞常連者による詐欺事件ということで、マスコミがとびついてきた。彼も受難だな。とうぶん、記者に追われるだろう」
「犯人に知られたのは残念だけど、でもそれなら、ダニエルが犯人から殺される恐れはなくなったね。すてごまとして役に立たないことがわかったんだから。このことで犯人の計画は大きく崩れた。今、犯人はあせってるはずだ。計画を早めて、急いで次の行動を起こそうとしてるんじゃないかな」
ダグレスが眉をひそめる。
「また誰かが殺されると?」
「血文字は、ダニエルがカードギャンブラーを狙ってると警察に思わせるためのものだった。なら、犯人はほんとにカードギャンブラーを殺したかったんだろうか? もしかしたら、少年たちはトラップ作りとして選ばれた、ただの生贄だったのかもしれない。犯人の残した表から見えるメッセージは、みんなウソっぱちで、真意は見えてないところに隠されてる。そんな気がするよ」
バタフライは頭脳犯で、ひじょうに冷徹だ。自分の目的を隠蔽するためだけに、何人もの人間を殺すかもしれない。ほんとに犯人が殺したかったのは、犠牲者のなかのほんの数人……ことによると一人、なんてこともあるだろうと、タクミは考える。
口のなかに血なまぐさい味がひろがるような気がする。バタフライの精神性には寒気を禁じ得ない。
その感じはエンパシストのダグレスにも伝わったのだろうか。ダグレスも物思うように、しばし沈黙していた。
「ダグレス。犯人の真意を一刻も早く読みとろう。僕はこれからマーティンに会ってみる。このアムールが犯人のメッセージで、僕らにそう思わせておきたい表の意味があるなら、真意はその逆だ。アムールをさぐれば、裏の意味も見えてくるはず」
「わかった。私はこのカードがダニエルのものに間違いないか調べておこう」
タクミはダグレスにカードを渡した。
ユーベルに似たアムールが、謎めいた微笑をたたえている。
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