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《同日午後八時半。アンドレの部屋。ダグレス》
玄関口で硬直しているダグレスに、部屋のあるじは皮肉な笑みを見せた。
「超能力捜査官でしたね。アレが見えるんだ。でも、あんなのは、ぬけがらですよ。刑事さん。ごらんなさい。どうぞ、入って」
ラリック医師は自ら、その部屋の扉をあける。裸体の少年がそこにいた。彫像のようにポーズをとったまま身動きもせず、何人もならんでいる。動かないのは、死体だからだ。
手前の少年の顔におぼえがあった。バタフライに殺された六人めの犠牲者だ。
ラリックがつぶやく。
「ほんとはここに、ユーベルもならぶはずだった。しかし、ああも黒焦げになってしまってはね」
ダグレスはポケットに手を入れ、カードパソコンをつかんだ。警察官のパソコンには、非常時に超低周音波を発して相手を動かなくさせるソフトが組みこまれている。身構えるダグレスを、アンドレは冷笑した。
「警戒することはない。私はあれらを殺して集めたわけじゃない。死体愛好家と言われたら、それまでなんだが、変質者でもないつもりだよ。ただ綺麗なものが好きなだけだ。大人になる前のしなやかな少年。素晴らしいだろう? 天使だ。職業柄、死体とむきあう機会が多いので、気に入った体を森林葬にされる前に、自費で購入している。防腐処理と特殊コーティングをして、生きているときのままに保つ。ながめて楽しむだけだ。犯罪ではないだろう? 世間に理解される趣味だとは自分でも思わないが」
「ユーベルの死体がどうとか、さっき言ったな? 殺す気がないなら、どうやって手に入れるつもりだった?」
「あの子は近々、クローン再生体に脳移植することになっていたんだ。からっぽになった体を部屋に飾って、何が悪い?」
エンパシーを全開にしていたが、アンドレはウソをついていなかった。思わず安堵の吐息がもれる。ダグレスはカードパソコンをポケットにしまった。
アンドレは大仰に両手をひろげる。
「私だって迷惑してるんだ。ユーベルはほんとに、マヌエラに似ていた。できれば、もう少し幼いころの彼が欲しかったが……どちらにせよ、もう終わりだ。あれほど酷似した少年は二度と現れないだろう」
感傷にふけるアンドレを、ダグレスはあきれて見つめた。
「こんな趣味を持ってるから、バタフライに目をつけられるんだ。この室内を何も知らない警察が見たら、まちがいなく、あなたはバタフライだと誤解される。気に入った少年の死体をコレクションにくわえるために殺人をくりかえしていたのだと。ひと騒がせな趣味だ」
「わかってはいる。だから、こうして世間体を気にして隠しているんだ。あんたに、いつ気づかれるかとヒヤヒヤしていたんだが、やはり疑っていたんだな」
ダグレスは嘆息した。
そう。ついさっきまで疑っていた。完全にバタフライに踊らされていたのだ。
アンドレは首をかしげた。
「バタフライが私に目をつけていただって? この趣味を知る人間など誰もいないはずなのに。バタフライはエンパシストだろうか?」
「そうかもしれない。とにかく、本部に連絡する」
そう言った瞬間、ダグレスはふくらはぎに、チクリと小さな痛みを感じた。ひどく痛くはない。さりとて気のせいとも言えない痛み。
けげんに思い、ふりかえろうとした。そのまま、意識が遠くなっていく。
(だまされた……のか? やはり、この男が、バタフライ…………)
深い闇の底へ、ダグレスは吸いこまれていく。
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