《同日午後九時。ディアナへむかうタクシー内。タクミ》

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《同日午後九時。ディアナへむかうタクシー内。タクミ》

 タクミはふたたび、タクシーで、リラ荘へとおりかえしていた。アンドレが生きているなら会いたいと言うので、マーティンもつれてきた。 「やっぱり、アムールのカードには二段階の時限爆弾がしかけられてたんた。一発めが不発に終わったから、犯人の予定が狂ってきてる。二発めのスイッチを入れられる前に止めなくちゃ!」  車中で、タクミはこれまでの経緯を説明した。 「——というわけで、このカードを調べて、アンドレに行きつくことは、犯人の作戦のうちなんだ。マヌエラは天使みたいだったと聞いて、ピンときたよ。だから、バタフライは天使のカード番号ばっかり現場に残したんだなって。少年たちを天使に見立てて殺してることにしたかった。僕らが最後にアンドレにたどりついたとき、こう思わせたかった。彼が子どものころ、自分のために蝶々を盗んできた友達に執着する、殺人鬼だと。ダニエルがカード賭博に手を貸してたように、もしかしたら、アンドレにも他人には言えない一面があるのかもしれない」  それをどうやって犯人が知ったのかはわからないが。 「犯人がカードギャンブラーの男の子たちを殺したのは、ダニエルとアンドレをおとしいれるためだった。最初の六件については、これで断言できる。ほんとに遂行したい殺人を隠すために、美少年でカードギャンブラーの少年たちを殺した。条件さえあえば、誰でもよかった。だけど、ブルーノたちとユーベルは違う。  そのうち、ブルーノたちは、ダニエルと裏のつながりがあったから選ばれた。ダニエルを警察にさしだす起爆剤として。つまり、この二人もバタフライの真の標的じゃない。  残る一人はユーベル。ユーベルが本命だったってこと? ユーベルだけは何ヶ月も前から花を贈ってきたりして、いかにも特別あつかいだ。ユーベルはマヌエラに似てたから……」  しかし、ブルーノたちがダニエル誤認逮捕への生贄だとしたら、ユーベルはアンドレのための生贄だ。特別あつかいは真犯人らしさを強調したかったからだと考えられる。 (変だなぁ。何かが、かみあわない。もしかして僕、なんか勘違いしてないかな)  さっきのモヤモヤがまたも胸にこみあげてくる。 (そういえば、ユーベルって前にも一回、殺されかけたよね。みんなが楽しみにしてたサマーフェスタ。あのときも思ったけど、犯人はなぜ、あんな人目のある場所で、ユーベルを襲ったんだろう? 本気で殺したかったなら、ユーベルが一人でいるときに、あの手口を使えばよかったんだ。処置が遅れて、ほんとに危険な状態になってたかもしれない。でも、そうはしなかった。わざと人目をひきつけるように、大観衆のなかで派手に注視を集めて……)  ふいに薄ら寒い感覚が体内をつきぬけた。 (人目をひきつける? それって犯人が血文字に仕掛けたのと同じ手法だ。手品なんだ。人に見られては困るトリックの種を隠すために、別の動きに人目をひきつけておく。ということは、あの日にかぎっては、ユーベルの襲撃は本気じゃなかった。じゃあ、あのとき犯人がほんとにしたかったことって——)  天啓のように、その言葉が思いうかぶ。 (ノーマを殺したかったんだ!)  前日に階段から落ちたとき、ユーベルがトリプルAの念動力者でなければ、ノーマは無事にはすまなかった。犯人の計画では、ノーマは死んでいたはずだった。  犯人はノーマが襲われたのは、エンパシストの彼女がユーベルに近づくときのジャマになるからだと思わせておきたかったのだ。標的はノーマではなく、ユーベルだと。  でも、ほんとに殺したかったのは、その逆。ユーベルではなく、ノーマ……。  目のくらむような感覚に襲われて、しばらく、タクミは何も考えられなかった。考えたくなかったのかもしれない。  犯人の目的がノーマ殺害だったなら、もう一つの死が急浮上してくる。  ミランダの死。  ミランダが死んだのは事故ではなかったのかもしれない。  姿の見えない黒い影が、暗闇から迫ってくるような心地がした。犯人の標的はあきらかに、タクミの親しい友人たちだ。 (なんで、ノーマやミランダが……?)  わけがわからなくなって、タクミは呆然とした。  我に返り、心配になったタクミは、携帯から電話をかける。  エミリーはつかまらなかった。まだ自宅に帰っていないらしい。ノーマも同様だ。この二人は携帯を持っていない。  ミシェルにかけたとき、やっと応答があった。泣き顔のミシェルがモニターに映ったので、タクミは焦燥した。 「何かあったのッ?」 「あったじゃない。悲しいことが。それで、さっきまで、みんなで集まってたのよ」  背景はミシェルの家だ。 「みんなって、誰と誰?」 「エミリー以外は全員。ジャンとエドもね。ほんとはみんなで、あなたのところへ行きたかったんだけど、タクミは落ちこんでるだろうから迷惑になるって、ジャンが言ったのよ。あとでエドと二人で寄るって。さっき出ていったところ」 「もしかして、ユーベルのことで集まってたの?」 「そうよ。ほかに何があるっていうの?」  タクミは胸が熱くなった。  一人で気落ちして、一人で解決しようとしていたが、すぐ近くに悲しみをわかちあえる人たちがいたのだ。 (よかったね。ユーベル。みんなは君のこと、大切に思ってくれてたんだよ)  涙ぐみそうになるのを抑えて、用件を述べる。事態は緊急を要する。泣いてるヒマなんかない。 「じゃあ、今そこには君とお母さんしかいないの?」 「ノーマとシェリルは泊まってくわ。今日は一人になりたくないって言って」  それは都合がいい。犯人が誰で、なんのために彼女たちを狙っているのかわからないが、一人でいるのは危険だ。今はバタフライもあせっている。何をするかわからない。  とにかく、アンドレを保護してしまえば、犯人のトラップは消滅する。バタフライは計画が座礁して、しばらくは警察の目をのがれるために、ようすを見るしかなくなるだろう。それまでは彼女たちの安全を第一に確保しなければならない。 「聞いて、ミシェル。君たちの身が危ないかもしれないんだ。今夜はもう絶対に外に出ないで。一人にならないようにするんだよ。あとでまた詳しく説明するから」  病院へ電話をかけて、エミリーにも注意しておこう。それから、ダグレスと相談して、警察の護衛を彼女たちにつけて、アンドレのことも——と、思案をめぐらせていたときだ。モニターの背後で悲鳴があがった。 「えっ? 今の何? ミシェル?」 「わからない。ちょっと待ってね」  ミシェルがカードパソコンを手にしたまま歩き始める。センサーの位置が変わったせいで、立体ホログラフィーが崩れ、ミシェルの下半身だけが亡霊みたいに浮かんだ。  そのうち、ふたたび悲鳴が聞こえて、テレビ電話はいきなり切れた。亡霊がかききえる。 「ミシェル! ミシェル!」  いくら呼びかけてもムダだ。回線が通じていない。  すぐにもかけつけたいが、タクシーはまだディアナへむかう途中だ。ディアナ市内に入るまで、あと数分はかかる。  タクミは急いで、ダグレスの携帯に電話をかけた。が、こちらも不通だ。話し中でも留守電でもなく、コール音さえ聞こえない。ダグレスの携帯は電源が切られているか、故障している。  急にタクミの脳裏に悪い予感がよぎった。夕方、別れたときに、そんな話題は出なかった。事件のことで緊密に連絡をとりあわなければならないこの時期に、刑事のダグレスが電源を落とすとは思えない。故障していれば、そのむねを告げるだろう。ダグレスの身に何か起こったのだろうか? (そうだ。ジャンたちだ)  タクミは祈るような気持ちで、ジャンに連絡をとった。今度はつながる。お悔やみを述べようとするジャンをさえぎり、危急を告げた。 「急いでミシェルのとこに戻って! ミシェルたちが襲われた!」  さッとジャンの顔が青ざめる。無言で電話は切れた。今ごろはミシェルの家へひきかえしているだろう。ミシェルの口ぶりでは、ついさきほど家を出ていったようだった。まにあうかもしれない。 「おいおい。急にだまりこんだと思ったら、どうしたんだ? なんかヤバイことになってんのか?」  マーティンが眉をしかめてたずねてくる。 「うん。犯人のターゲットがわかった。今、襲撃されてる」  話しながら警察に通報しようと、カードパソコンを持ちなおした。ところが、その矢先に電話がかかってくる。 「マーティン。警察に通報して。ディアナ東区のボアジュネ宅で事件が起こってるから、急行してくれって」  たのんでおいて、タクミは電話をつないだ。モニターに今にも泣きそうなエミリーの顔が映る。 「タクミ。お願いよ。ダグレスを助けて。さっきからずっと連絡がとれないの。あの人、殺されちゃう」 「エミリー? 落ちついて。ダグレスが殺されるって、どういうこと?」 「さっき、リンドバーグさんが教えてくれたの。夢のなかで、ダグレスが襲われてたって。お願い。あの人を……ダグレスを助けて」  エミリーの瞳から次々に大粒の涙がこぼれおちてくる。首飾りが作れそうなほどって、こういうのを形容するのだろう。 (そういうことだったのか。今日のダグレスの態度)  タクミに責められるとでも思っていたのか。そんなわけないのに。 (よかった。エミリー。もう君は一人じゃないんだね。初めて会った日、はぐれてしまったこと、ずっと気になってた。君は忘れてしまってるかもしれないけど。さびしい目をしたクラリス。君の幸せは僕が守るよ。あのとき、君を見失ってしまったおわびだよ。君はあんなに、誰かにすがりつきたいような目をしてたのに)  タクミは断言した。 「約束する。必ず、ダグレスを助ける」  電話を切り、タクミはエンパシーを解放した。ブロックを解き、全力でダグレスの脳波を探す。まもなく、つきとめたが、それは意外な場所だった。 (リラ荘だ)  タクシーはディアナに入った。  等間隔にならぶ街灯が、光の玉となって背後に流れていく。
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