第1話  炎天下のパントマイミスト

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 暑い―――。  ダルい―――。  もう、サイアクっ―――。  東京のお洒落街道を歩く私は、現役ピチピチのJK、安達(あだち)エナ。  イイ感じに若さぷりっぷりの私は―――……夏の大物主役である灼熱の太陽が大っ嫌い!  だってね?  太陽(これ)が熱いせいでね?  何処へ行っても暑いのよ?  だからこの眩しい火の玉を睨み付けるのは当然のことで、少しでも涼しくなれる場所(ところ)を鋭意捜索中であります。  だけども……今は行楽シーズン真っ只中だからか何処も人人人だらけで、北極・冷凍庫級の涼しさを頂戴できるところがない!  さすがに、もう限界……。  暑さに堪え切れずカフェテラスの日差し屋根の陰へ避難し、店の中へ入ろうと思ったけど……やめる。  冷房キンキンの店内は遅いランチを摂りにきた客でギュウ詰め。  テラスと称す入口すぐの外席は空いているけど、鉄板のように熱くなっているから好んで座る人は誰もいなかった。 「働けっつーの……暇人共っ」  自分の置かれた状況が悔しくて、店内で冷たい飲み物片手に涼む客達が怨めしくなって、ついネガティブになってしまう。  真夏なのに学生服を着て、夏休みの大半を返上してまで文化祭の催し物の買い出しに徹する自分に嫌気が差してきた。  何でこんなことをしているんだろう。  いや、今通っている学校も部活も楽しくて、ある程度は満足してるよ?  早く独り立ちしたくて、お洒落な都会で暮らすのが夢で…………親元を離れて都心の高校へ進学した。  でも現実は、学業とバイトの両立に追われる忙しない生活。  生活費を少しでも浮かせたくて築40年以上の激安アパートを借りて、自分のためだけに炊事をする変わらない毎日。  変化が欲しい―――刺激的な変化が。  特にこれというのはないけど、敢えて云うなら…………“ 恋愛 ”。  心から好きになれる人が、欲しい。  そして、その人にも好きになってもらえたら…………。  それさえあれば、それ以外の生活なんか苦にならない。  浮かばれたい。報われたい。今の自分が…………。 「ん?」  ふいに目をやれば路上の一角に人が群がっている。  一定のタイミングで歓声が起こり、何やら大盛り上がりしている。  都会でそんなことができるのは、芸能人か動画配信サービスをやっている人ぐらいだ。  炎天下へ再び出るのは躊躇われたけど、どんなことが起こっているのかと少しだけミーハーな気持ちが働いた私はそこへ向かった。 「わぁ……」  無意識に声が出てしまう。  群衆を掻き分け、先頭列へ立った私の前には―――。  白粉を塗ったように美しい陶磁の肌、宝飾品のように輝く金髪、空を映した碧眼…………。  まるで神様の加護を独占したと形容しても良い…………。  そのくらい綺麗な―――美麗の青年。  周りは半袖かノースリーブに短パンといった夏服なのに、その人だけはモーニングコートにシャツとネクタイ。  おまけにシルクハットと、今の陽気に合わない恰好をしていた。  けれども、服と本人はとても似合っている。  御伽の国の王子様が絵本からそのまま抜け出てきた感じだ。  美麗の青年は“ パントマイミスト ”。  パントマイムをする人だ。  体や仕草だけで独特の世界観を表現するパントマイミストは世に溢れているけど、目の前にいる彼だけは違う気がする。 「…………カッコイイ」  周囲から満足気なため息が出るように、私も揃って声を洩らす。  本当にそうなってしまうのも無理はない。  足元の缶へお捻りを投じた人にだけ何かを表現する彼は、何とも幻想的で艶があり、見る者すべてを別次元へ誘う力を持っている。  元来の美貌も影響しているのだろう。  他の観覧者同様、私も彼の一挙一動に見入ってしまい―――気付けば、缶に100円ばかりのお捻りを納めていた。 「え……?」  静かにゆっくりと、私を捉えて表現を始めたかと思えば、お捻りを投じたその手が微動だにしなくなる。  恭しく私の手を取った彼は薄く微笑むと、その形の良い唇を私の手の甲へ触れさせた。 「……―――〜〜〜ッ!?」  その瞬間、周囲から嫉妬を織り交ぜたような黄色い声が上がる。  このようなパフォーマンスは今見た限りなかった。  パフォーマンスの中で客に触れていいかなどの決まりがあるか知らないけど…………これって禁忌(タブー)じゃない?  その後のことは…………まったく憶えていない。  気付けば私は、自分の部屋があるアパートに戻っていて、ロングの缶ビールを手に酔っ払っていた。
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