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意識が戻った時には、視界はまだ闇の中だった。次第に五感が戻ってきて、吹きすさぶ冷風の温度が明瞭に感じられた。同時に月夜に淡く色づく屋上が目前に広がり始める。
新一は時間跳躍に成功したと、即座に確信する。
なぜなら、フェンスの向こう側には目指す黒い人影があったからだ。飛び降りようとしている、まさにその場面だった。
『ただいま量子転写実行中です』
――動け、早く動け、間に合ってくれ!
心の中でそう叫ぶが、体は麻痺したようにぴくりとも動かない。意識は移動できているが、実体が十分に形成されていないのだ。徐々に全身の感覚が戻り、自身の輪郭が明瞭になる。
『ピピピ……転写が完了しました』
突然、スイッチが入ったかのように右足が一歩、大きく前に出た。
同時に、望の手がフェンスからすっと離れる。見慣れた輪郭が深い闇夜に吸い込まれてゆく。そのさまはスローモーションのように見えた。
アドレナリンが一気に噴き出す。全力で屋上の端に向かって駆ける。
――ウイングモード、オン!
――ジェットエンジン、最大出力!
漆黒の空に黒い翼が広がり、ランディング・セルが熾烈な熱風を噴出する。
そして新一は深い闇に飛び込んでゆく。
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