新一と望

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新一と望

下町にある簡素な工場は、焦げた金属と油の匂いで満たされている。そこでは新しい自動車の開発が進められていた。デルタ型の翼を持つ、風変わりな自動車である。 高崎 新一は大手自動車メーカーから委託され、空飛ぶ自動車の開発に携わっている。かねてからの夢だった仕事に就けたことは、新一にとって誇らしく、また夢を追う日々の始まりでもあった。 しかし、空飛ぶ自動車の開発は進まず、割り当てられた予算は削減された。新一が就職して三年が過ぎていたが、五年で結果が出せなければ打ち切りになると決まっていた。 「郵便でーす」 配達員に声をかけられたので、新一は溶接機を持つ手を止めフェイスガードを外した。煤けた作業服でひたいの汗を拭う。グローブを外し手紙を受け取ると、そこに書かれていたのは「河村 望」という名前だった。日付指定の郵送だった。 望は一週間前にビルの屋上から身を投げて命を絶った新一の友人である。付き合いは高校時代からで、就職後も度々この工場を訪れるくらい近しい友人だった。 望の亡骸は、高層ビルの麓に広がる公園で発見された。当時の状況から、屋上から飛び降り自殺を図ったものと扱われた。けれども、命を絶った理由は明らかではなかった。 日付指定の手紙ということは、それが遺書ではないか、と新一は察する。逸る気持ちをなだめながら手紙を開くと、望の筆跡で奇妙なことが書かれていた。
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