新一と望

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誰もが思いつきながら、実現できなかった時間跳躍。新一はそれを実現するために一流の物理学者と生物学者、それにトップエンジニアを集いチームを結成した。新一自身も物理学を一から学んだ。 大きなヒントは実際にその能力を持つ者、河村 望の表現した言葉そのものだった。 望は「意識を飛ばす」と言っていた。それはつまり、自分自身を量子レベルまで分解することによって、超弦理論やループ量子重力理論でいわれる時間跳躍の矛盾を超越できることを意味する。そうとしか考えられなかった。 そして十年かけた研究の末、新一のチームは物質を指定した時間に跳躍させることに成功した。量子レベルまでの分解は容易いものだったが、正確な再構築の実現までに数年を要した。動物実験も簡単ではなかったが、一歩一歩着実に成果をあげてゆく。 そしてついに実用に耐えうるタイムマシンを一機、完成させた。 シンプルなベルトの形状で、バックルの部分にタイマーを有している。タイマーで指定すればその時間に移動することができる。 「タイムリープベルト」、十年間の、血と汗の結晶だ。 時間跳躍のタイムリミットは5分で、経過すると自動的に元の時間に戻される。その限界はどうしても伸ばせなかった。長時間の時間跳躍は矛盾が生じるため、一定の時間ごとに矛盾がリセットされるからだろうと物理学者は結論付けた。工場に現れた望が突然消えたのも納得できた。 そしてプレスリリースを明日に控えた日の夜のこと。 「世界が驚く瞬間が楽しみです。高崎さんは世界初のタイムマシン開発者になるんですから」 そういったのは十年間、時間跳躍の開発に携わってきたスタッフの一人だった。 「たった5分とはいえ、時間を超えられたことは世界を変える大きな前進ですね」 「そうですね、でもタイムリープベルトの存在はプレスリリースまでは極秘事項ですし、これに万一のことがあったらいけません」 新一は現物が格納された重厚なケースの上に手を当てた。 「だから俺は今晩、ここにいようと思います。皆さんは帰って明日に備えてください」 「リーダーは本当に仕事熱心です。その情熱が道を切り開いたんですね。それではお言葉に甘えます」 そう言ってスタッフは皆、帰路についた。 誰もいなくなったのを確認してから、新一はついに計画を実行する。 ――みんな、悪いな。許してくれ。
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