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ラブソング 04.遅刻
レストランに着くと、こっちもこっちで大変なことになっていた。
いや、まあ、遅刻した俺が悪いんだけど。
父の姿を見つけて、その向かい側の人物に盛大に頭を下げた。
親父もさすがに、
「なに、やってたんだ!ずっと携帯鳴らしてたんだぞ!」
と、わーわー喚き散らしていた。
怒られるのも無理はないが、向かい側に目をやると、怒り心頭というよりは、申し訳なさそうにしている年配の男の姿が見える。
この人が父の言っていた取引先の人間なんだろう。
そして、俺がこれからお見合いをする女性の、父親でもある。
「本当に、すみませんでした。」
そう言って、顔も上げずに謝る俺にその人は、言った。
「いや、そんなに謝ることは、ないよ。それに謝らなきゃいけないのは、こちらのほうだ。」
少しも怒った声色では、なく、むしろ穏やかな声だった。
俺はその声に反応して、そっと顔を上げた。
小太りの典型的な中年親父である父とは違い、品のよさそうな眼鏡をかけた白髪交じりのおじさんが目に映る。
だが、その席にいたのは、その人だけだった。
肝心の見合い相手の席は、空白のまま。
不思議に思っていると、俺の視線に気付いたのか、その人が声を掛けた。
「悪いね。確かに約束の時間までは居たんだ。だが、」
帰る、そう言って彼女は、この場から居なくなったらしい。
確かにこれが、大事な会議だったり取引先との打ち合わせだったら、会社やプロジェクトの進行に関わるくらい、危ないものだっただろう。
でも、たかが見合いだ。
5分くらい待っていてくれたって、良かったのでは、ないか。
そうも思ったが、親の取引先の人間ともなると、大事なもので5分であろうがなかろうが、やはり俺が悪いことに変わりは無いのだろう。
もしかしなくても時間に厳しい人間なら、なお更だ。
「すまないね。」
何を俺なんかに、謝ることがあるんだろう。
その人は、申し訳なさそうにそう言った。
「いやいや、こちらこそ申し訳ない。なにせ、愚息なもので。」
いくらなんでも、そこまで言わなくてもいいのではないかと思ったが、ここでも遅れてきた俺が、明らかに悪いわけで、俺は黙って親父の言葉を聞いていた。
「こちらこそ、我侭な娘で...」
どうしてそこで、張り合うことがあるのだろう。
親父たちは、互いにそう言って俺たちを貶していった。
俺は、飽き飽きしながらその愚痴大会とも言える場を耐え抜く。
結局、その日のお見合いは、相手不在のままに終わったのだった。
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