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序話 "黒い土の国" ケメト
西の方にある広い沙漠の端には、岩と砂の大地を真っすぐ南北に貫くようにして流れる大きな河がある。
そのほとりに広がる豊かな緑の国を、かつて人々は「黒い土の国」と呼んでいた。
乾ききった大地は豊かな川の流れによって潤されていたために、その国は「神々に守られし土地」という別名も持っていた。鉱山から掘り出される山ほどの黄金があり、沙漠で採れる鉱石で鮮やかに彩られた神殿が建ち、大小様々な街や村には多くの人々が暮らしていた。
のちに「エジプト」と呼ばれることになるその国には、誰もが知っている巨大な石の山と、その前にちょこんと座る、人間の頭と獅子の身体を持つ岩の彫刻がある。そう、「ピラミッド」と「スフィンクス」だ。
スフィンクスの前脚の間を覗いてみて欲しい。何か記念碑のようなものがあるのが見えないだろうか? 遠い昔の言葉で書かれた、とある王様が建てさせたものだ。でもそこに記された王の名は、ピラミッドやスフィンクスを作らせた王様ではなく、それから千年も経った後に生きていた別の人物のものになっている。
どうしてそんなことになったのかって?
その話を、これから始めよう。
あれは――今から三千と四百年ほど前。
アメンヘテプ二世ことアアケペルウラーの嫡子の中に、トトメスという名前の、当時の王族としてはありふれた名前を持つ王子がいた。…
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