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「だから、シュークリーム奢ったじゃん。それで許してよ」
「…………………」
シュークリーム2つで、目の前で自殺めいた飛び込みと、気色悪い蘇生を見せられたこと。全身血まみれにさせられたことと、学校を無断欠席することになったことを許していいものかどうか。
「肩こりにはあれが一番効くのよ」
私は耳を疑った。
「か、肩こり……。まさか、肩こり治したいから、電車に飛び込んだの?」
「その言い草は、肩こりになったことがない人の意見ね。ウチの肩こり舐めないでよ?耳鳴りはするし、痛くて眠れないし、ずーっと不快でメンタルもやられるんだから」
「ストレッチとか、飲み薬とか……」
「それが効くんなら、あんなことしないって!この身体、無駄に丈夫な癖にそういう不具合に対処できないんだよね。あーもうムカつく」
ハナは怒った顔で腕組みをし、テーブルの上にどんと片足を置いた。こちらから下着が丸見えだ。私は慌てて小声で言った。
「(ちょっとハナちゃん!見えてるよ)」
「パンツ?いいでしょ、女の子同士だし」
「(他の人にも見える)」
「減るもんじゃないし、気にしない気にしない」
私は仕方なく、自分の椅子をずらしてハナのパンチラをカバーした。
「ねえ、そろそろ教えてよ。どうして私に話しかけたの?」
「ああ、そのこと。簡単に言うと、仕事のスカウトです」
ハナはきちんと椅子に座り直して、背筋を伸ばした。
「仕事……?」
「ここ数年、世の中の影響もあって、人の心が荒んで死にたがりが増えちゃって、ウチらとしては商売上がったりなわけよ。だからそういう人のとこに行って、ウチと一緒に説得してほしいの」
「私、ただの高校生だよ?そういうのはカウンセラーとかに任せたほうが…」
「あー、そんな時間のかかるやり方じゃなくて、一回で終わるやつ」
自殺志願者が、たった一度の説得で考えを変える?そんなことが本当にできるなら、世の中から自殺なんてなくなる。
「よく分からないけど、それがあなたの仕事?あなたって、一体……」
「まあ、分かりやすく説明するなら、天使?これ自分で言うの相当ハズいんだけどさ」
駅で起きた不気味な復活シーンが蘇る。天使のイメージからは程遠い。
「あ!今天使って面じゃねーみたいな顔したでしょ」
「違う違う!」
私は慌てて否定した。
「どうする?報酬いいよ?それに、多分あなたに向いてる」
テーブルに身を乗り出したハナが、瞳をキラキラと輝かせながら言った。
意味不明の仕事のスカウト。どう考えても怪しい。すぐにでも断って、やっぱり何もかもなかったことにしたくなる。
「でも……………」
一旦、ハナの言葉を咀嚼してみる。人の命を救う仕事なら、私が目指す職業と一致するし、天使からスカウトされるなんて、そうそうあることではない。ハナの言葉が全て真実ならの話だが。
「あーそうだ。具体的な報酬、説明してなかったね。一件につき一律8万円支給されます。電子マネーでの支払いも可能です」
「一回の説得で8万円?天国からSuicaとかに振り込まれるの?そんなこと……」
「あとボーナスとして、亡くなってまだ転生されていない魂と8分間会話するチャンスがございます」
「亡くなった魂………。まさか…………!」
私は思わず椅子から立ち上がって「お兄ちゃんと話せる!」と叫んでしまい、周囲からの視線を感じて、ゆっくりと椅子に座り直した。
「ん?お兄さん亡くなったの?原因をきいてもいい?」
「その………ある事件に巻き込まれて………」
「……なるほど。それならなかなか転生しないはずだから、話せるチャンス高いと思うよ。まあボーナス貰うにはちゃんと成果を出してもらわないとだけど」
ハナの説明は、途中から私の耳をすり抜けていた。
想像もしていなかった。またお兄ちゃんと話すことができる可能性があるなんて…………。
「具体的に、何をすればいいんですか?」
「おっ!引き受ける気になった?ウチとその人のところに言って説得するだけ。スカウトして焚き付けておいてナンけど、それなりに大変だよ?」
死のうとしている人の考えを変えるなんて、確かに簡単なことではない。
ただ、ここは無謀でも一歩踏み出すべき、人生の大きな選択の瞬間かもしれない。
私は言った。
「………実際どう説得するのか、見てみたいです」
ハナが「よっし!」と、嬉しそうに歯を見せる笑顔で立ち上がり、エスカレーターホールに歩きだしながら、私を手招きした。
「ここに一人いるから、実際に一緒にやってみよ。大丈夫。ウチ、慣れてるから」
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