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ソールハイブ
人工の滝が流れる、1階から7階までの吹き抜けがあるホールまで戻ると、何やら人だかりができていた。
「何事…………?」
「すぐにわかる」
ハナの先導で近づいていくと、オーバーオールを着た、ハーフツインの髪型でくっきりとした顔立ちの女の人が、吹き抜けの細い手すりの上に座って下を見下ろし、それを取り囲むような野次馬と、彼らを制する警備員らがいた。
カフェオレ色のマスクをしているので表情は見えないが、そこ女の人は刺身のお頭のような虚ろな目をしている。あの高さから落ちれば、ただでは済まない。
「あの子だよ。急いだほうが良さそう」
ハナが言いながら、人だかりの後方で立ち止まり、私の手を握った。
「くらっと来るけど、すぐだから」
「えっ?何……」
質問が終わる前に、ハナと私の意識は別の位相にジャンプしていた。
真っ暗闇だが、室内であると空気のにおいや温度で何となくわかった。
ほどなくしてブーーーーーーッという開演のブザーが鳴り響き、幕を巻き上げるキコキコというハンドルの音がした。
暗闇に目が慣れてきて、そこは小劇場のような場所で、私は客席のど真ん中におり、目の前のステージに人が立っているシルエットが見えてきた。
すると「パン!」とステージの中央にスポットライトが当てられ、一人と女性が照らし出された。服装から恐らく先程、手すりに座っていた女の人だ。
マスクをしていないので顔が分かる。しっかりとした二重まぶたで、口や鼻もはっきりとした、舞台映えするきれいな顔だ。
彼女はパイプ椅子に腰掛けたまま、すっと正面を見据えて、とつとつと語り始めた。
「私は雨宮萌花。二十歳の専門学生。子どもの頃からヘアアレンジが好きで、ずっと美容師を目指してたけど、サークルの手伝いをきっかけに演劇に目覚めて、これが私の真の生きる道かもしれないと、親に内緒で学校を辞め、小劇団に入った」
萌花さんから少し離れた右側にスポットライトがもうひとつ当たった。両手を腰にあてたハナだ。
「役作りのみならず、パンフレットや小道具の作成など裏方の仕事もやり、チケットを捌くために自腹で買ってタダ配ったりもした。生活は大変だけど、楽しかったのよね?」
「はい。コロナで全部台無しになるまでは………」
肩を落とす萌花さんの背中を、ハナが優しくさする。
するとさらにもう一つのスポットライトが、萌花さんの左側をバンと照らした。
お腹の出るダンサーのようなシャツとダボパン。ラッパーふうにキャップを斜めに被ったそのつばの下から、何かを企んでいそうな瞳をギラつかせる、十代であろう肌つやの女の子だ。
「それで絶望していたところに、休止状態だった劇団の解散決定。付き合っていた劇団仲間の彼氏とも険悪になってジ・エンド。カラオケのバイトもコロナ禍で人員削減にあい、誰にも相談できずに病んでいって、ネットでどのくらいの高さなら人が確実に死ねるかとか、そんなことばかりを検索するようになったのよねっ」
明るく、しかし挑発するような口調で女の子が言った。するとハナが萌花さん越しにその女の子のほうを向いて怒った。
「ゆづ!どうしてまたアンタなのよ!」
ハナがイライラしながら責めるように指を差して抗議した。
「中原区の担当はアタシなんだから、当然でしょ?」
ゆづと呼ばれたその子は、ふふんと鼻で笑った。
「愛来!この女はゆづ。まあ分かりやすく言うと悪魔よ」
「ちょっと!変な説明しないでよ!」
ハナとゆづとは知り合いのようだ。天使と悪魔?らしいが、どちらも普通の十代の女の子に見える。
「あなた、あいらっていうんだ。ハナの手伝い?やめといたほうがいいよ。この子、めっちゃポンコツだから」
ステージからゆづに話しかけられて、私は返答して良いものか迷った。
「愛来。ウチらの目的を忘れないように」
ハナがゆづの挑発をスルーして、私に言った。
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