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再びスポットライトがセンターのみになり、萌花さんが意を決したように語り始めた。
「もう限界。学校を辞めたのは失敗だった。演劇一本で生きていくなんて甘かった。今さら親に打ち明けられない。支え合っていた彼も、いなくなってしまった」
萌花さんの目から、一筋の涙がこぼれた。恋愛経験のない私だけど、大切な人を失う気持ちは理解できた。
「毎日不安で眠れないし、貯金も底をついた。もう新しいバイトを探す気力もない。楽になりたいの…………」
ゆづのスポットライトが再び点灯する。
「分かる分かる。逃げ出したいその気持ち、よく分かるよ……。魂っていうのは、何度も転生するの。管理してるアタシが言うんだから間違いない!今世が上手くいかなかったら、次に期待するのも全然あり。七色の人工の噴水のなかに落ちて、華々しく散る。美しいと思うわ」
ハナのスポットライトも、再び点った。
「萌花さん。自殺というのは、自分を殺す犯罪なんだよ?それに、ご両親のことを思い出して。嘘がバレるのが心苦しくて、助けを求められずに自殺したと知ったら、どう思うかしら?」
ハナの正論に、萌花さんは悲鳴に似た声を上げた。
「そんなことわかってる!!」
ゆづはうんうんと同情するような顔で萌花さんを見て、ハナはゆづに睨みを利かせつつ、萌花さんを気遣った。
「わかってるけど、もうどうしようもない。来月には電気を止められて、ネットもつなげなくなる。実家に連絡もできない。帰る電車賃もない。生活保護なんて申請したくないし、やり方もわからない。アパートを追い出されて路上で餓死を待つくらいなら、いっそ……」
絶望する萌花さんに、ハナが私のほうを見て、助けを求めた。
「愛来。あなたの出番だよ」
「えっ?私は、観客じゃ……うっ!」
パンと音がして、私の頭上からもスポットライトが照らされた。まぶしさで一瞬視界が真っ白になる。
「このままだと、目の前でこの子が飛び降りるところを見ることになるよ。ウチなら死なないけど、この子は生身の人間なんだよ」
「そう言われても……」
幼い頃に目撃してしまった電車への飛び込みは、長い間、恐怖の映像として頭から離れなかった。そしてつい先ほどみた飛び込みからのあり得ない復活。このまま放置すれば、また同じようなシーンが目に焼き付けられることになるのだろうか。
「あなた、ハナが飛び込むとこ見たんだ。ちょー不気味だったでしょ?感覚が麻痺して、また身投げを見てももしかしたら何も思わないかもよ?」
ゆづがからかうように言った。ハナはゆづを無視して、私をまっすぐに見た。
「まずはあなたが感じたことを、そのまま伝えてみて」
「………やってみる、けど」
私は萌花さんのほうを見て、話しかけた。
「初めまして。私は、愛来っていいます」
「……あなた、誰?何の用?」
萌花さんは、警戒心をあらわにした様子で、身構えた。
「私は、まあ通りすがりというか……」
「要するに他人でしょ?あなたも聞き飽きたような道徳論でわたしを説得しようっていうんでしょ?ほっといてよ!わたしの人生を、赤の他人に指図されたくない」
「………そうだと思う。あなたは正しい。私は、あなたが自殺したいなら、そうすればいいと思う」
「……………」
ゆづが私の言葉に賛同した「そうよ。その通り。自殺は、人間に与えられた権利のひとつよ。生きてれば良いことあるとか、自分を殺すことはすなわち殺人だとか、そんな上から目線の説教で心変わりするなんて思うやつの傲慢さにヘドが出るわ」
吐き捨てるゆづの後に、私は続けた。
「ただ、その程度の高さから飛んだところで、ちゃんと死ねずに半身不随になって生涯寝たきりになるかもしれないし、色んな人が訪れるこんな場所で飛び降りたら、小さな子供に人が死ぬ瞬間を見せることになるんだよ?」
「それが目的」
「えっ?」
私は自分の耳を疑った。
「人知れず山奥とかで首をくくるなんて嫌。わたしは、それが恐怖を伴わせることになるとしても、大勢の人々の記憶に残って死にたい」
ハナが怒った。
「勝手なこと言わないで!承認欲求か自己顕示欲か、その両方か知らないけど、他人を巻き込むのはやめなさい!」
「そんなんじゃない。これはわたしの最後の表現。大きく言えば、アート。舞台はここ。主演女優はわたし。野次馬は観客。さあ、みんな見ていて。わたしの最初で最後の大舞台をっ!」
話しているうちに高まってきていた萌花さんが、吐き出すように言い終わった直後、その四方を曇ったガラスの壁がせり上がってきて覆い、ガラスの箱のなかに閉じ込めてしまった。
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