とびっきりの笑顔のために

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 妻が亡くなってから半年が過ぎ、近所に住む春樹の両親の助けも得ながら、父娘ふたりでなんとかやってきた。職場でも、内勤を中心にした部署に配置換えをしてくれたりと配慮してくれて、なるべく娘と過ごす時間を持つようにしてきた。妻の不在に慣れることはないけれど、学生時代の一人暮らしの経験で、なんとか家事もしながら二人の生活のペースができてきたところだった。だが、子どもとはいえ、おしゃれが気になる乙女心をどうフォローしていいか、男親の春樹にはよくわからなくて途方に暮れてしまう。  数日後、春樹は社外研修のために、会社から二駅離れた研修所に向かって歩いていた。 そこは大学が近くにあるので、学生街といった趣で、自転車で行き来する学生が多い。梅雨の合間の晴れ間が広がっている。春樹自身の大学時代を少し懐かしく思い返していると、自分を呼ぶ声に意識を戻される。 「ーー先輩、脇坂先輩!」  振り返ると、茶髪のイケメンがしきりに春樹を呼んでいる。自分の知り合いにこういうタイプはいないのだがーーけげんな顔で見ていると男が近づいてきた。 「先輩、俺のこと覚えていないですか?中学校の陸上部で一緒だった河合拓也です」  確かに春樹は陸上部だった。その言葉に記憶をたどっていくと、河合という名の後輩がいたことを思い出した。 「河合ってもしかして、俺の一学年下の河合なのか?」 「そう、あの河合です」  男はそう言って微笑んだ。  当時、後輩の河合と言えば、学年の中でも短距離は一番早かったが、今の河合は短髪のスポーツマンというイメージからはほど遠い。ただ、当時から整った顔立ちをしていたのは確かで、今も白いシャツというシンプルな服装でも、中性的で整った顔立ちには華やかさがあり、人目を引く。  「お前、全然イメージ違うから気づかなかったよ。今どうしてるんだ?」  河合は後ろの店を指さす。 「今はこの美容院で働いているんです」 「え、そうなの?」 「最近は男性のお客さんも結構おられるんですよ。先輩もどうですか?少しくらいはサービスしますよ」 「いや、俺は昔から理髪店しかいったことないから。そんなにおしゃれでもないしーー」  そこでふと先日の出来事を思い出す。 「でも、ちょっと聞きたいことがあるんだ。今は出先に向かう途中だから時間があまりないんだけどーー」 「それなら、僕の名刺を渡すから、また電話くださいね」  そう言って、店内から持ってきた名刺を渡される。名刺をみた春樹は驚いて尋ねる。 「お前、店長なの?」 「そうなんです。やっと自分の店をもったばかりなんです」 「お前がんばっているんだな。あ、そろそろ時間だから、また連絡するよ」  河合に見送られながら、春樹は足早に走り去った。
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