無冠帝

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「無冠ってなんか不名誉な名前だね」  僕も最初、無冠の王って自分で名乗るのはどうなのって思った。周りから言われるのが格好いいのであって、自分から名乗るのはダサすぎると。でも、天音からこの話を聞き、『大衆のため』という姿勢に少し親しみのような感情が湧いてきたのだ。 「その昔、いや、いうほど昔じゃないけど『日本酒級別制度』という制度がありました」 「何でいきなり昔話?」 「まあまあ、最後まで聞いて。ことの始まりは日中戦争。戦地へたくさんお米を供給するために、市場のお米の価値が高騰して、お米を原料とするお酒も高価なものになっていきました。そして、そんな状況だからか水を入れて量を増やした『闇酒』や『薄め酒』というものが横行し始めました。それらのせいで、お酒の市場はグタグタです。市場を改善しようと、さっき言った『日本酒級別制度』と言うランク分け制度が生まれました」 「今はないよね? あと、昔話みたい話すのやめて。話が入ってこない」  僕もちょっと、面倒になってきたところだけどさぁ… 「そうだね。この制度はお酒の秩序を守るのには役にたったけど、いくつかの問題を引き起こしたんだ。まずは、お酒のランク分けをアルコール度数で判断していたから、お酒の良し悪しに対応していないこと。そして、ランクが高いお酒になるほど税金が高くなり、値段が上がって、大衆の手が届かないような値段になっていったこと。そんな状況からこのお酒を造っている酒蔵、菊水酒造はある決断をしたんだ」 「どんな?」 「それは、『あえて政府の鑑定に出さないで低いランクで発売する』というもの。酒蔵の『お酒は大衆のもの』という考えから、あえて鑑定しない酒だから、『無冠帝』なんて名前が付けられたんだ」 「うーん、つまりどういうこと?」 「要はさ、今はみんな気軽にお酒が飲めているけれど、昔は高すぎて飲めなかったよ。でも、そんな状況に『無冠帝』は抗ったんだよ。ってこと」 「本当に、こじ付けだね」 「うっ… 仕方ないだろ。たまきが言う「映え」が難しいんだからさ!」 「仕方ないなぁ~ その話採用してあげる」 「上からだな…………」 「そもそも、お兄さんがドタキャンしたから…………」 「ごめんなさい、ごめんなさい。もうしないから許して~」 「なら、英語訳もよろしくね」  にこっと笑顔を作って、僕にノートとペンを差し出すたまき。 「君は本当に、ちゃっかりしているね」 「てへぺろ☆」
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